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『池の水ぜんぶ抜く』人気の理由 。なぜこんなに心地よいのか

攘夷・勧善懲悪・神様の気分…

春から毎月レギュラー化

「池の掻い掘り」の番組が人気である。

テレビ東京の『池の水ぜんぶ抜く』だ。

最初、何も知らずにタイトルだけを聞いたときは、大掛かりな悪戯の番組なのかとおもっしまった。池の水を抜いて、池の底を見て、ほほーと驚いて、それで終わり。田舎の少年だとそういうことをやりかねない。

違った。

さすがにテレビ東京でもそういうことはやらない。

水を抜いて、沈んでいたゴミを捨てて、中にいる生物の仕分けをしている。

これが人気番組になっている。この春から毎月放送のレギュラー番組になった。

日本各地のいろんな水を抜いてまわっている。なかなか大変だ。かなり手間ひまをかけた番組である。

しかし手間をかけたから人気番組にはなったわけではない。そんなことでテレビ人気は取れない。

なぜ『池の水ぜんぶ抜く』は人気の番組となったのだろうか。

 

「外来生物排除」がくすぐるもの

テレビというのは欲望のメディアである。

民放のおおもとには企業コマーシャルがあり、コマーシャルの目的は、見てる人を刺激し、欲望を喚起するところにある。そしてもともと映像世界は欲望を直裁的に刺激するために作られている。テレビはとても強く「欲望を呼び起こす」メディアである。そのために視聴が基本、無料になっている。

『池の水ぜんぶ抜く』は、そういう欲望をうまく喚起し、それをきちんと満足させることに成功している。

まず、「ふだんは見られないもの」を見せてくれる。

長野の善光寺の池や、小田原城のお濠、日比谷公園内の池、そういうところの水が抜かれた風景というのは、なかなか見ものである。

ただ、その驚きの映像だけで、人気になっているわけではない。きちんと見てる者を満足させる仕掛けがある。

それはまず何と言っても「外来生物の排除」だ。

日本の池にも、日本のもの(在来種)ではない生物がたくさん入り込んでおり、その外来種(もともとは海外のもの)をすべて掻き出して排除してくれるのである。

なんだか、とてもすっきりする。

池やお濠に投げ捨てられているゴミが片付けられるのを見るのと同じだ。

池の生物が「本来、ここにいるもの」と「もともとはいなかったもの」に仕分けられ「もともといなかったもの(外来種)」を排除し、「本来、ここにいるもの」だけの世界に戻す。

正しいものと正しくないものに分けられ、正しいものだけが残される、という状況は、これは、頭では考えることがあるが、現実ではなかなかそういうことは起こらない。それをきちんと目の前で見せてくれる。ある種の夢の実現である。欲望を刺激して、とても充実感を与えてくれる。

捕獲した外来種は、本来ならみな殺してしまいそうなものだが、いちおう番組では「そういう外来種をまとめて面倒見てくれている施設」へ送り込んでいる。水族館のようなものらしいが、番組で見る限りは、捨てた生物を引き取ってくれる施設、としか言いようがない。