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自分の考えを揺さぶる「新たな発見」を導く読書法

藤原帰一「わが人生最高の10冊」

不条理こそが世界のあらまし

今回の選定では、人間とその人が置かれている状況について考えられる作品を集めました。

自分が置かれている状況とは何か。家族、友人、職場など様々ですけど、さらに広げれば、政治、社会一般ですよね。大きな環境の中で自分を捉えるための、足掛かりとなる作品を紹介したかったんです。

私にとって一番大きい作品は、『象を撃つ』ですね。ジョージ・オーウェルはディストピア小説の頂点である『1984年』などで知られていますが、『象を撃つ』は彼の出発点と言っていい作品です。

第二次世界大戦以前、イギリスが統治していたビルマ(現ミャンマー)で警察官をしていた、彼自身の当時の経験が書かれています。

ある日、警察署に象が暴れているという報告があって、その現場へ行く。辿り着くと、もう象は暴れていなかった。だから象を撃つ必要はないんですが、集まったビルマ人の群衆が、撃つのを期待している。それに抗すことができず、象を撃ったというお話です。

当時イギリスの植民地だったビルマで、オーウェルは、力による統治で支配しているはずの相手により、動かされる逆説を経験した。権力の是非を問うのではなく、支配する対象によって権力が揺さぶられるという感覚は独特なもので、政治について考える契機になりました。

オーウェルの次に大きな影響を受けたのはアルベール・カミュの小説『ペスト』です。

人間が自分たちの力で抗うことができない存在とどう向かい合うか。ペストが襲いかかる相手は、いい人か悪い人かは関係ないですよね。倫理的に優れた人が生き延びて、悪い人が死ぬわけはない。不条理こそが世界のあらましなのであって、人間はそれを受け入れるしかない。

もしそうだとすれば、そんな状況を前にした人間の選択にはどんな意味があるのか。私にとって、状況と人間を考える出発点のような小説です。

カミュの『ペスト』と表裏一体の関係にあるのが、武田泰淳の『富士』であると思います。

『富士』は太平洋戦争末期の精神病院が舞台で、医者や患者など、様々な人物の交わりが描かれます。

特徴としては、患者か否かに限らず、自分自身に対しても、周りの人間関係、さらに社会に対しても、信頼できる判断を持っていない。自分自身の「歪み」を変えられない人ばかり、「信頼できない語り手」だけの物語です。

『ペスト』は外部に抗えず、『富士』は自身の内部に抗うことができない世界です。

 

丸山眞男最後の傑作

バリントン・ムーアJr.の『独裁と民主政治の社会的起源』は、初めて読んだとき、ここまで書ける人がいるのか、と驚きました。どんな社会が独裁政権になって、どんな社会が民主主義になるのか。その分かれ目を歴史を辿って、探ります。

特筆すべきは民主主義が発展した社会での、隠された暴力をちゃんと描いている点です。イギリス近代社会は農民の生活を押しつぶすことで生まれた。同時にそれが、議会政治の定着と、より自由な社会を生み出した。

ムーアの出発はロシアと旧ソ連の研究ですが、革命賛美に走らなかった。その、社会主義の暴力を見てきた人が、革命の起こらなかった社会の暴力にも目を向ける。その視野の広さと議論の広がりを見て、こんな人がいるなら私が学者をする意味なんかないと思ったのを覚えています。

丸山眞男は個人と状況との関わりについて考え続けた思想家ですが、なかでも『忠誠と反逆』は丸山の最後の傑作です。

武士の倫理とは君主に従うことで、そもそも封建社会ですから、君主に逆らうということはあり得ない。しかし、君主に盲従することを武士の宿命であるとすれば、君主に何らかの間違いがあった場合、個人の倫理との間に対立が生まれます。

君主を諫めるという行為は死を伴うため、必然的に自分の存在を賭けたものになる。それだけに中途半端な思考や言動は許されず、ひたすら葛藤を繰り返す。

西洋諸国や中国の主従関係と比較した上で、日本の特殊な忠誠を考察した点が非常に興味深いものでした。

新たな知識を得るために本を読むこともできるし、あれこれと考えず楽しく読んだっていい。でも、こういう考え方があるのか、こういう議論の組み立てがあるのかと発見するのが、私にとって読書の喜びです。

新たな発見によって自分の考え方が揺るがされる本が、人生最高の読書体験を与えてくれました。(取材・文/若林良)

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「幕末から明治以降の日本の近代史について、政党政治、資本主義、天皇制、植民地支配という4つの視点から探究していきます。現代の日本に対する強い問題意識から再構成した歴史像を描いています」