自力で減薬→病院難民→診断やり直し→方針決定までの長い道のり

私的「減薬・断薬」放浪記【2】
上原 善広 プロフィール

寝ても寝ても眠い

デパスとハルシオン以外の薬を止めたのだが、翌日からひどい倦怠感に悩まされた。

風邪をひいた時のような、頭痛とだるさが出ては消えてをひたすら繰り返す。思考もうまく回らない。仕事以外はほぼ1日中、寝込むようになってしまった。それまで昼寝ができない性質だったのに、日中2、3時間ほど寝てしまい、さらに夜も8時頃から寝るということが続いた。いわゆる過眠のような状態だ。

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翌2017年になって、ようやく近所に減薬療法をする病院を見つけて電話してみたのだが、診察は3ヵ月待ちで「今月の受付はもう締めきったから、来月もう一度電話してほしい」と言われてしまった。評判の高い院長の診察は今のところ受け付けを止めているとも言われてしまったので、これは諦めた。減薬がブームになり始めていたため、すでに多くの人が減薬できる数少ない病院を探して、押しかける状態になっていたのだ。

細かなミスを頻発し、締め切りを大きく過ぎてしまうという状態だったが、とにかく仕事だけはこなして、あとはずっと寝ていた。この状態は三か月くらい続くのだろうと思ってはいたが、結局、ベンゾ系以外を止めただけで、私は八か月ほど倦怠感と不安感、過眠に悩まされ続けることになる。

睡眠薬を減らすのが一番難しい

減薬を始めて3ヵ月目、ようやく減薬を指導してくれる専門家を見つけることができた。

以前に取材したことのある「断薬療法の先駆者」として知られる杏林大学名誉教授の田島治医師が、週3回だけクリニックで診療を始めたことを知ったのだ。私は早速、予約をとって診察を受けた。

田島医師が有名になったきっかけは9年前、NHKスペシャルで減薬療法をとっている医師として取り上げられたことがきっかけだった(このときの模様は、NHK取材班『うつ病治療 常識が変わる』〈宝島SUGOI文庫〉で読むことができる)。

杏林大学で臨床精神薬理学を専門としていた田島医師は、多剤多用の影響で逆に症状が悪化している患者が多いことに着目、20年ほど前から減薬する療法に取り組み始める。大学を退職後の2015年には「はるの・こころみクリニック」を開業し、診察を続けていたのだった。

田島医師を取材したときは、杏林大学教授として会っていたのだが、そのときの言葉だけはよく覚えている。

 

「特に若い真面目な医師ほど、製薬会社のガイドラインや『DSM』といったマニュアルを重視する傾向にあります。しかし、症状は患者さん一人一人によって違います。医師はやっぱり目の前にいる患者さんの話をきちんと聞いて、原因を探りながら診断するのが基本です。いつまでも薬を飲み続けているのは寛解したとも、治ったとも言えません。薬は『減らす』のはもちろん、最終的には『止める』ものだと考えた方がいい。

中でも睡眠薬を減らすのが一番、難しいです。だけど止められたらびっくりするくらい変わります。止めた人が『先生、こんなにスッキリするんですね』と驚かれるくらい明瞭になる。

また抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬いずれも副作用として太ります。極端な例では、49キロの女性が109キロまで太ったこともある。太りすぎは健康に良くないし、運動や外出もしにくくなるので、私は患者さんに薬を処方するとき、必ず太らないよう指導しています」

以前の取材で聞いたその言葉を思い出しながら、私は受診予約を入れた。

田島医師を取材したのは2011年頃のことで、当時の私はすでに双極性障害(躁鬱病)と診断されて、かなりの量の薬を飲んでいた。

しかし、そのとき聞いた田島医師の「漫然と薬を飲み続けるのは危険だ」という警鐘は、頭の中を素通りしていた。精神医療の闇を告発して10万部のベストセラーになった内海聡医師の『精神科は今日も、やりたい放題』(三五館)は2012年に出版されており、これも読んだ覚えがあるのだが、なぜか頭を素通りしていた。いま思うと、すでに薬に頼り切っている完全な依存状態におかれていたので、減薬や断薬の話にはまるで興味がもてなかったのだろう。

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