女性のケガレって何…? 土俵の女人禁制は「出産排除社会」の原型だ

「中途半端な伝統」はもうやめよう
落合 恵美子 プロフィール

「斎み」と「忌み」と「気枯れ」

ではなぜお産はケガレとされるのだろうか。

「いみ」には「忌み」と「斎み」という2つの漢字をあてられることに注目しよう。

「斎」とは「心を正しくし神事を行うこと。神仏を祭る時、または畏れ多いことを執り行う時、飲食や行為をつつしみ心身を清めること」である。「忌」は「嫌って避ける」「おそれる。はばかる」の意味となる。

言い換えれば、「斎み」は自らのケガレを去って聖に近づこうとするポジティブな行動原理としての「戒慎」、「忌み」はケガレを避けて自らの聖性を維持しようとするネガティブな行動原理としての「禁制」である(高取正男『宗教以前』日本放送協会 1978年)。

ケガレは、「気枯れ」もしくは「褻枯れ」と考えられるという。日常の生命力が減退した状態である。死、殺人、お産、不具、妊娠、月経、失火など、ケガレとされているものの多くはそうした状態である。

通常「ケガレ」と対立すると思われている「ハレ」は、「ケガレ」た状態を回復させるために神を迎えて行う儀礼にあたり、人の一生はその繰り返しととらえられるという民俗学者桜井徳太郎の説もある。

ケガレをこのような生体の自然過程の一局面とするなら、恐れ避けるのではなく、「ケ」の回復のために主体的に精進する「斎み」の態度をとることになるだろう。

「斎み」が「忌み」に転換するためには、ケガレを自分から切り離して排除しなくてはならない。

死穢については、平安京造営の頃から貴族の間にこの態度が発生した。古来の信仰が外来思想である儒教・道教・陰陽道などの「吉‐凶」や仏教の「浄‐穢」という二分法により整序されて、貴族の「忌み」の思想が生まれたとされる。

まつりごとの中枢に死穢が及ばないようにしたと言うが、服喪期間が長いと仕事が滞るという律令政府の現実的な事情もあったようだ。貴族たちは葬送に加わるのも墓所に参るのも避けるようになった(高取『神道の成立』)。

他方、死体を取り扱うのは身分の低い人たちの仕事となり、彼らは次第に賤視されるようになった。特定の人間に「穢れ」が貼りつけられ「忌み」の対象となったのである。

 

出産を排除しない日本よ、甦れ

古代の日本で女性が神事を執り行っていたのは誰でも知っている。邪馬台国のヒミコしかり、伊勢神宮はじめ多くの神社の斎宮しかり。

しかし産穢という考えが平安貴族の間で生まれ、皇后や中宮の出産も場所を移して行われるようになった。

実際、産褥死も多かったので、産穢は死穢と隣り合わせであった。並行して、奈良時代までは高位にあった女性司祭・神官の地位低下も始まった。

この傾向が庶民に及ぶのは中世のことであり、惣村が生まれ、村の祭祀組織である宮座が確立した頃から、神事の担い手は男性となっていった(高取『神道の成立』)。

しかし死や女性のケガレという考えの浸透にはさらに時間がかかり、近世や近代以降もそれによらない習俗が見られることも少なくない。

沖縄では近年に至るまで女性が神事の担い手であり続けてきた。久高島の12年に1度の祭り「イザイホー」では、島の女性たちがみな神女となる。

女性のケガレが存在しなかった時代、日本の他の地域でも同じような光景が見られたのではないだろうか。

お産の世話にならず生まれた人間はいない。月経なしにお産はない。妊娠も出産も女性の身体に大きな負担を強いるが、女性たちはそれを引き受けて生命をつないできた。

効率よく社会を運営するためにそんな女性を排除し、厄介者のように扱う現在の日本社会のシステムに女性たちは怒っている。その原型のような「女性のケガレ」という「中途半端な伝統」にこだわるのはもうやめよう。

お産も女性も排除せず、我がこととして生命に向き合う日本よ、甦れ。