提供:国立科学博物館

『我々はなぜ我々だけなのか』が科学ジャーナリスト賞2018受賞!

この本はなぜ世界でこの本だけなのか?

2018年の科学ジャーナリスト賞に、ブルーバックス『我々はなぜ我々だけなのか』(川端裕人著/海部陽介監修)が選ばれました。この賞は科学技術に関する報道や出版、映像などで優れた成果をあげた個人を日本科学技術ジャーナリスト会議が表彰するもので、選考にあたっては社会的なインパクトがあることが重視されます。また、優れた啓蒙活動をした科学者や科学技術コミュニケーターなども対象としています。

本作品の受賞理由は以下の通りです。

「次々と新発見が続くアジアの多様な原人について、化石発掘現場などを丹念に取材し人類進化の謎を紹介した。知的な興奮を呼ぶ好著である」

著者の川端裕人さんに、受賞の感想と、本作品への思い入れを語っていただきました。

 ※ 「科学ジャーナリスト賞2018」決定についての公式HPはこちら 
https://jastj.jp/info/20180425/

 ※本作品は第34回「講談社科学出版賞」の受賞作品にも決定しました! (2018年7月20日追記) 

世界で唯一無二の本

――このたびは2018科学ジャーナリスト賞の受賞、まことにおめでとうございました。まず、受賞のご感想からお聞かせください。

川端 ありがとうございます。選評で「知的な興奮を呼ぶ」と評価していただいたことに、「我が意を得たり」と思いました。取材を通じて自分が感じた「知的な興奮」を伝えることは、まさに執筆のモチベーションだったので。

もっとも、自分では科学ジャーナリストであるという自覚は薄いですし、この賞はもっと硬派な調査報道などが対象であるような印象を持っていたので、受賞の知らせには正直驚きました。「よくぞ見つけてくださいました」という気持ちですね。

――あらためて、この本の内容を紹介してください。

川端 最初に強調したいのは、本書には類書がない、ということです。アジアの人類進化について、はじめて俯瞰的に描いた一般書だと自負しています。

いや、専門書レベルでも日本語で書かれた詳しい文献はないし、英語でもアジアを詳述したものは私の知るかぎりありませんので、そういう意味では、たぶん、世界で唯一無二の本です。

人類学の最先端の書籍って、英語圏で書かれたものが翻訳されて入ってくることが多いですよね。でも、アジアの人類進化については、実は日本の研究者たちこそ最先端にいるので、よその国からの情報を待つのではなくて、まずは日本語で書かれてしかるべきなんです。

そんなことを知ったのは、国立科学博物館海部陽介さんとの出会いがきっかけでした。海部さんは、3万年前に台湾から沖縄へ渡ってきたとされる日本人の先祖がどんな航海をしたのかをたどる「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」で最近よくメディアに出ていらっしゃるので、そちらで知っている人も多いかもしれません。

海部陽介氏
監修の海部陽介氏

でも、海部さんの学術的な出発点は、インドネシアのジャワ原人研究です。21世紀になってからは「ホビット」の愛称を持つ小型人類であるフローレス原人や、台湾の海底から見つかった澎湖人(ほうこじん)の研究チームの中心メンバーとして、最前線の仕事をたくさんしておられます。

海部さんから、アジアの原人について網羅的、俯瞰的に書いた書籍は今のところないと聞かされ、驚きました。そこで「ぜひやらせてください」ということになりました。

ときめきながら書いた「賑やかなアジア」

――海部さんが監修者になられたのはそうした経緯だったのですね。アジアの原人というのは、それほど魅力的なテーマだったのですか。

川端 考えてみたら、アジアの古い人類って、人類史の中でスルーされがちですよね。
アフリカだったら、すべてのヒトの故郷ですから分厚く語られます。アフリカを出たあとの人類の旅を辿るなら、最後はアメリカなので、アジアはただの通過点になってしまいます。でも、ぼくらは、アジアに住んでいるんだから、通過点じゃないですよね。ここにどんな人たちがいてどんな進化をしたのか知りたいじゃないですか。

ホモ・サピエンスよりも前にアフリカを出て、アジアに住み着いたのが北京原人やジャワ原人です。昔はシナントロプスとかピテカントロプスとか呼ばれていました。

ぼくらの世代にとっては中学・高校の教科書に出ていた呪文みたいな言葉なので、変にノスタルジーを感じますが、今はホモ・エレクトスという1つの種だとされます。そして何十万年にもわたってアジアに暮らしていました。

おまけに、フローレス島には「ホビット」ことフローレス原人がいたり、台湾には澎湖人がいたり、さらに、北シベリアにはデニソワ人という謎の人類がいたことがわかったり、ネアンデルタール人もそのあたりまでは来ていたりと、ホモ・サピエンスが来る前のアジアはかなり賑やかな状況だったんです。

フローレス原人1
フローレス原人2
発掘現場であるリャン・ブア洞窟近くの博物館に展示されているフローレス原人の全身骨格標本(写真上)と見学する筆者(写真下)
澎湖人
2015年に台湾沖海底で発見された澎湖人の下顎骨化石(澎湖1号)

本書は、その概略を、今わかっていることをベースに、つまりかなり強固な証拠に基づいたレベルでまとめてあります。飛躍をするのはフィクションを書くときにと思っているので、逆にこういうものは研究者のコンセンサスや相場観を逸脱しない範囲で書くことを心がけています。だから、安心して読んでいただけると思いますよ。

でも、学術的にはコンサバに書かれていても、中身はワクワクドキドキです。だって、取材している人が心ときめいていますから。

なお、我々はなぜ我々だけなのかというタイトルは、「問いの設定」のつもりです。かつて多種多様で賑やかだった人類が、なぜホモ・サピエンスだけになってしまったのか。そんな大きな問題に、簡単に答えられるはずもないです。まずは、「問い」を共有することから始めようと思いました。

――ご執筆にあたって、いちばん楽しかったこと、反対に苦しかったことをあげるとしたら?

川端 現場はできるだけ踏もうと決めていたので、可能なかぎり行きました。

試掘跡で
世界ではじめてジャワ原人が発掘されたトリニールの試掘跡を訪ねる筆者

ジャワ島にあるジャワ原人の発掘現場は、生活河川でもあるソロ川のほとりで、気温が上がると異臭が漂ってくるような環境でした。そこでは、人が普通に生活しているところから、化石が出るんです。日本で言えば、畑から土器が出るとかよくあるじゃないですか。ああいう感覚で原人の骨が出る。

今はホモ・サピエンスがすごい人口密度で住んでいるわけですけど、ここにはまさに、ジャワ原人がいたんだなあと思うと楽しかったです。

発掘現場
作業風景
ソロ川河畔の発掘現場(写真上)と作業の様子(写真下)

フローレス原人の最新の発見現場はフローレス島の、火山に縁取られたソア盆地にある丘陵地帯でした。ベースキャンプになっている村から現場まで片道1時間くらいかけて歩く間、本当に美しい景色の連続でした。こんなところに、小さな人類たちが小型のステゴドン(ゾウ)やコモドオオトカゲと一緒にいたんだなあとか思うと、これも楽しかったです。

つまり、現場を体験するのはとても好きなので、いずこも楽しかったわけです。

苦しかったことと言えば……取材に行くためのスケジュール調整とか、帰ったあとにしわ寄せが来て原稿書くのが大変だったりとか、そういうレベルです。

ソア盆地のマタ・メンゲ発掘現場
ソア盆地、マタ・メンゲのサイト32と呼ばれる発掘現場
活気にあふれるサイト32での発掘作業
サイト32での活気にあふれる発掘作業