北京大学が女学生の「Me Too」告発を圧殺しようとした事情

学生運動の広がりを恐れているのか
古畑 康雄 プロフィール

「北京大学の精神」への冒涜

今回、北京大学当局がさらに神経をとがらせたのは50年前の文革時代に殺害されたある北京大卒業生を追悼する動きが広がったことだ。

1968年4月29日、北京大学新聞学科を卒業した林昭という女性が、共産党の暴政に反対したとして銃殺された。

自由や独立した思想を持ち、暴政に1人で立ち向かった「聖女」として、各地で追悼の動きが広がり、ネットでも「北京大学の精神を体現した」「民主運動の偉大な先駆者」などとして称賛する声が広がった。

「北京大学の精神」とは、五四運動が起きた当時北京大学の学長を務めた開明的な教育者、蔡元培が提唱した「高尚純潔」「兼容并包(度量が大きいこと)」「協力互助」「独立自由」「実事求是(事実に基づいて真実を求める)」精神などをいい、自由、民主、平等、寛容、独立といった校風は同校出身者の誇りとなっている。

壁新聞などに現れた「2つの北京大学」とはこうした伝統的な北京大学の精神と、事なかれ主義でやり過ごそうとする大学当局の対応は全く別物だということを批判したものだ。

 

北京大学は開学記念日を控えた5月2日、最高指導者の習近平を迎え、盛大な行事を行う一方、壁新聞が貼られた広場などに監視カメラを設置したことが、ツイッターなどの投稿で明らかになった。

開学記念行事は無事行われ、おそらくは大学がアレンジした学生らは習近平を「熱烈歓迎」した。習近平訪問を伝える新華社の記事は、「大学は社会主義の建設者と後継者を養成する任務を堅持し、教学の正しい政治的方向を堅持し、資質の高い教員の集団を建設し、中国の特色ある世界一流の大学の建設に努力しなければならない」との習近平の発言を紹介。学生らが「団結して中華を振興しよう」と一斉に唱え、第2の国歌と言われる「歌唱祖国」を合唱したと報道した。

だがこの記事には岳昕さんの件はおろか、「北京大学精神」という文言も1度も登場しなかった。天安門事件の学生運動リーダーで、当時、北京大学生だった王丹はフェイスブックに、「習近平訪問は(北京大を)辱めるものだ」として「法克(ファークー、F**Kの意)」と書き込んだ。

北京大学構内での監視カメラ設置。写真出所:SNS

また大学当局が表面を繕っても、勇気を出して発言する北京大学の伝統を変えることができないとの声もある。

端伝媒には次のようなコメントがあった。「事件の本来の重点は沈陽の責任を追求し、性的被害を防止する仕組みを作ることだ。ところが大学側は合理的な要求をした学生を弾圧した。岳昕さんの文章を読んだが、これほど社会に熱意や誠意を抱く学生は現在の北京大学には似合わない。現在の北京大学は五四運動に由来する開学記念日を祝う資格はない」

そして若者の正しいことを追い求める精神は衰えていないとの評価もあった。

「80年代の学生の理想は花火のように燃え尽きたと考えていた。だが岳昕さんの言動を知って、希望を感じた」

「大陸の大学生は香港や台湾の大学生のような熱血や反抗精神を失ったと言われる。五四運動から天安門事件まで、第一線にあったのは学生だった。大陸の学生は争うことを恐れてはいない。変わったのは大学の方だ。大陸の大学は思想を開放し社会の進歩を導く場ではなく、政府の宣伝ツールの一環となった」

当局のあまりにも事なかれ主義的な対応が、性的被害者をこれ以上生まないという学生らの真剣な思いを受け止めることなく、結果的にこの問題から逃げているという印象を広く与えてしまった。

「私がここで声を上げなければ、次の世代がますます声を上げられなくなる」という岳昕さんの発言は説得力がある。北京大学に関わる多くの人々は、この問題にどのような答えを出すのだろうか。

自分にとっても、初めて留学した中国の大学であり、教員を務める友人もいる。今後の対応に注目していきたい。

(本稿は筆者個人の見解であり、所属組織を代表するものではない。)