京都人と名古屋人、ガチンコで口論したらこうなった

実は似た者同士…?
週刊現代 プロフィール

本音を言わない京都人

「名古屋人の見栄っ張りは裏を返せば、自信のなさの表れでもある」と解説するのは、『名古屋あるある』の共著者で、名古屋出身のエッセイスト・川合登志和氏だ。

「名古屋人は『見栄っ張り』『目立ちたがり屋』と批判されますが、東京、大阪と同等に日本三大都市の一つとしてちゃんと扱ってほしいという承認欲求が強いのです。

でも、自信がないから見栄を張ってしまう。名古屋人は京都などの関西人に比べてアピールがへたくそなんです。それが他府県からすると、上から目線ととられてしまっているのかもしれません」

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京都人は「何をそんなに必死になってはるんやろぅ」と気の毒そうに憐れむが、名古屋人は返す刀で「京都のいやらしさに比べればどえりゃあマシだ」とあしらう。

名古屋が「見栄」なら、京都は「いけず」だ。名古屋人は、見栄は張ってもウソはつかない。だが、京都人は本音を隠す。名古屋から京都に出張に行ったサラリーマンの話。

「京都の料亭で、『えらいきれいなネクタイしてはるなあ』と褒められたと思っていたら、真意は『派手なネクタイして、全然似合っていない』という嫌味だった。なんでそんなわかりづらい牽制をするのかねえ」

京都人は本音と建て前を使いこなす。いけずは、角が立たないようにする京都人なりの気遣いらしいのだが、他府県の人間からは理解されにくい。

 

さらに京都人の「選民意識」は名古屋の比ではない。他所から見れば、京都に住んでいる=京都人と思うかもしれないが、洛中(中心地である碁盤の目の中)と洛外では大きく意識が違う。

本当の京都人は洛中出身の人間だけで、それ以外は「京都ではない」と考える、さらにややこしい京都人が存在する。

『京都ぎらい』の著者で、京都市にある国際日本文化研究センター教授の井上章一氏が苦笑いする。

「私が育った嵯峨(右京区)は同じ京都市内ですが、洛外に当たるため、洛中の人からは京都と認められていません。

洛外の人が東京などで『京都人です』と言うと、洛中の人からは『それは詐欺みたいなもんや』と揶揄されるので、あえて京都府出身と強調しています」

「三河(愛知県東部)の岡崎出身者が名古屋人を名乗ったら怒るやろ。それと同じどす。名古屋人のケチ臭さに比べたら可愛いもんでっしゃろ」(洛中生まれの京都人)