フェイスブック株価を下落に追い込んだ「ESG投資」の仕組み

東芝、神鋼、パソナ…日本企業も危ない
小出 フィッシャー 美奈 プロフィール

「ROE」や「CSR」と何が違う?

「アベノミクス」でもROE(株主資本利益率)という言葉が強調されたが、ROEとは株主が投下した資本が毎年どれくらいの利益を産むのか、という資本効率の指標である。

ROEや効率の追求そのものは悪いことではないが、これまでの投資の世界では、このROEに代表されるように、投資をしたマネーからどれくらいのリターンが返ってくるのかという「投資効率」ばかりがとかく優先されてきた。そもそも投資マネーの目的から「社会」という文字が抜け落ちていたのである。

与えられた使命にマネーの効率追求しかなければ、多くのサラリーマン運用従事者が一生懸命働くほど、世界のマネーは手っ取り早く利益を上げられそうなプロジェクトやトレードに集中する。その結果、マネーはマネーが向かうところにばかり偏って極端な格差を生むなど、社会の需要と合致しない方向に流れてしまう。

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ESGはこうした従来の投資の考え方そのものを根本的に見直すことを意味するから、それが目指す方向性は高く評価されるべきだと私は思う。

ではESG投資はこれまでも存在した環境ファンドや企業のCSR(社会的責任)評価などと、どう違うのか。最大の違いは、企業の社会責任に対する評価を「数値化」することによって、それをダイレクトに投資行動に結びつけることが可能になったことである。

ESGでは環境、社会、ガバナンス、それぞれについて多数の評価項目(例えば「環境」ならCO2の排出量だとか「社会」なら人権重視の姿勢や雇用ダイバシティーなど)を設け、その総合成績に基づいて債券と同じように「A」とか「BB」などと「格付け」を行なったり、あるいは同業企業と比べての優劣や市場や業界で何番目、という相対評価が可能となる。

もっとも、もともと企業倫理という数値化しにくい無形資産をなんとか数値化しようという試みだから、評価方法が標準化されておらず、同じ企業の格付けが評価機関によってまちまちだったりと試行錯誤は多い。それでも従来と比べれば、企業の倫理評価がぐっとやりやすくなったのだ。

 

「物言う株主」と相性がよいESG

ESGのルーツを辿れば、それが広範な社会運動とも結びつきやすいものだということが理解できる。1960年代の米国公民権運動時代の不買運動や1980年代の反アパルトヘイトでの南アからの投資資金の引き上げなどの過去の歴史も、ESG誕生の流れの中にある。

時代が変わり「フェイスブックを削除しろ(#DeleteFacebook)」というハッシュタグがツイッターに出回ったり、ユナイテッド航空の機内からアジア人乗客が引きずり出される映像がネットで「炎上」するデジタル社会の今、倫理に欠ける企業行動に対する人々の抗議の声は瞬時に世界に拡散されるようになった。

最近では、スターバックスの店内で静かに友人を待っていた黒人男性2人が警官によっていきなり逮捕されるという出来事が起き、ネットで人種差別だと非難する声が吹き荒れたことから、経営陣が8000店を一時休業して社員教育を行う事態となった。ESGは、企業に倫理的な行動を求めるソーシャルメディア世論とも結びつきを強めていくだろう。

こうしたESGの高まりを受けて、マネーの流れに敏感なヘッジファンドも動きだした。特に経営陣との「エンゲージメント(対話)」に力を入れる「アクティビスト(物言う株主)」と呼ばれるヘッジ・ファンドが、次々とESGを声高に唄い始めたのである。

これまでは、株を買い占めた上で経営陣に数々の要求を突きつけるアクティビストは、異端的な存在と見なされてきた。このほど富士フィルムによる米ゼロックス統合に待ったをかけたカール・アイカーンが有名だが、短期的株価上昇のために敵対や挑発を厭わない彼らの投資手法は恫喝的な「ハゲタカファンド」として嫌われてきた。

ところが、最近のアクティビストたちはもっとスマートだ。彼らの言い分は、超大手のインデックス投信の運用会社などメインストリームの投資機関が言うことと、なんら変わらないのだ。

例えば今年初め、アクティビストファンドの世界トップ10に入る「ジャナ・パートナーズ」が、伝統的大手投資機関の代表格であるカリフォルニア州教職員年金基金(カルスターズ)と組んで、アップル社に改善要求を突きつけた。

でもその中身はというと、子供のスマホ中毒を防ぐために保護者制限を加えるなど、アップルが責任を持って取り組めという内容。しごく人道的でまっとうな要求だったのだ。