財務省非常勤職員が見た、福田前事務次官ら「エリート官僚」の素顔

良くも悪くも彼らは…

財務省57年入省組の素顔

財務省の不祥事が止まらない。森友学園への国有地売却問題で改ざんが発覚。福田淳一事務次官がテレビ朝日記者へのセクハラ発言で辞任。予算、徴税を司り、「省庁の中の省庁」と呼ばれた財務省の信頼は地に落ちた。

「まさか福田さんがあんなことになるとはねえ……」

こう漏らすのは、財務省で30年の勤務経験があるベテラン非常勤職員だ。

「福田さんは昭和57年に大蔵省に入った、いわゆる『57年組』。次々と不祥事を起こすから、呪われた世代だ、なんていわれることもある。あの世代は大蔵省時代の空気を知った最後の世代とも言え、良くも悪くも、自分たちがこの国を動かしている、という自負を持った人たちでした」

 

57年入省組には、福田淳一次官を筆頭に、森友学園問題でやり玉にあがった佐川宣寿前国税庁長官、佐川氏前任の理財局長だった迫田英典氏(2017年、国税庁長官で退官)、また片山さつき参議院議員、98年の大蔵省汚職事件で逮捕された榊原隆氏(証券局総務課課長補佐・当時)と多種多彩な人物がそろっている。確かに、色々な意味で人材の宝庫である。

「時の大蔵大臣だった渡辺美智雄氏が『異能の者をとれ』と大号令をかけたので、東大22人の他、京大、一橋、阪大、そして私学から早稲田、慶応、各1名ずつを採用したんです。東大生の中でもボクシング部や野球部、サーフィンやラグビーの同好会の出身者も含まれ、多士済々の面々が揃った。

結果から見れば、この混乱を引き起こしているので問題のある年次かもしれませんが、『よく働き、よく遊び』を体現していた、よき仕事人、ともいえるのです。

向島の料亭や銀座の名店はもちろん、役職によるが、歌舞伎町のノーパンしゃぶしゃぶ店まで精通していた。金融検査の情報が欲しい銀行側がすべてお膳立てをし、一度飲み出せば二軒三軒は当たり前。役人は遊ぶだけ遊び、勘定は銀行にツケ回されていた。恨みを買った人もいるでしょうね」

57年組筆頭の福田氏の「別の横顔」を、56年入省で元衆議院議員の松田学氏はこう語る。

「人望があり、下からは慕われていた。細かくネチネチと難癖をつけ、結局動かない、という上司は嫌われるものですが、福田氏は明るい性格で頭の回転が早く、本質をすぐにつかむ人。宴席でも冗談を飛ばし、場を和ませていた。同期・前後の期の中でいちばん麻雀も強く、遊びも仕事も秀で、若い時から頭一つ抜けていた男でした」

前述の職員も、57年組の「人間臭い」秘話を明かす。

「福田さんは東大時代、テニスサークルに入っていた当時の片山さん…いや、旧姓の朝長さんと言った方がしっくりきますね。朝長さんのスコート姿を一目見るために、サークルとは無関係だったのに、よくテニスコートに足を運んでいた、と朝長さんが酒席で語っていました。

彼女は『non-no』の『キャンパス・ファッション特集』で取り上げられるほどの才女でした。また省内でお尻を揺らしながら歩く彼女の後ろ姿を、福田さんが凝視していたことはよく知られたエピソードです。

たしかに朝長さんは『昭和57年組』では唯一の女性キャリアだったので、目立ってはいた。服もおしゃれで、省外のボーイフレンドもたくさんいたと記憶しています。ただ、当時は非常勤の職員が美人揃いだったので、朝永さんもかすんで見えましたよ。

あの時代に非常勤職員として働いていたUさんは、今も語り継がれる美女でした。後の外務次官の奥さんになった彼女は気品があり、当時、夏目雅子さんとも竹下景子さんとも評された。実家が田園調布にあって、まさに絵に描いた良家の子女でしたね」