2018.05.06
# エンタメ

ビヨンセが「音楽の祭典」で魅せた圧巻パフォーマンスの歴史的意義

そして歌姫はシャーマンになった
池田 純一 プロフィール

これがなぜ衝撃的かというと、これまでの実績からして、コーチェラの観客は圧倒的に白人が多いと考えられていたからだ。

その白人が多数を占める観客を前にして、なんら彼らに日和ることもなく、ビヨンセは真正面から「ブラックネス(blackness)」を前面に押し出したパフォーマンスを見せつけた。

だから、今回のコーチェラのステージにビヨンセが賭けた意図を最もよく伝えたのは、再結成されたデスティニーズ・チャイルドでもなければ、妹ソランジュとの共演でもなく、彼女の背後でビッグバンドのごとく終始ステージを支え続けたマーチングバンドの面々だったのだ。

 

黒人文化としてのマーチングバンド

よくよく見ると彼らバンドメンバーのほとんどが黒人であり、ダンサーにしてもコーラスにしてもそうだった。白人が皆無とは言わないまでも、ステージでパフォーマンスを示す人びとのほとんどが黒人であった。

だから中には、ビヨンセは、このステージを白人の観客に黒人文化とは何か、教授するための場に変えたという評すらあった。

しかし、ここで黒人文化? と首をかしげる人もいるかもしれない。

確かにちょっとわかりにくいのだが、今回、お揃いの黄色いトレーナーを着て、最初から最後までステージで演奏を続けたマーチングバンド自体が、その黒人文化の要だったのである。彼らはHBCU(Historically-Black College/University)の大学文化を象徴していた。

ビヨンセ〔PHOTO〕gettyimages

HBCUとは、一応「歴史的黒人大学」と訳されているようだけれど、ここでいう歴史的の「歴史」とは、概ねリンカーンが奴隷解放宣言をして後の、つまりは南北戦争終結後の19世紀後半から、1960年代の公民権運動ならび公民権法の成立(1964年)の頃までの100年あまりのことを指している。

この間、奴隷から解放された黒人のために、主には南部で設立された大学がHBCUだ。HBCUは、今でも黒人が学生の多数を占める大学であり、その大学文化を象徴するものとして筆頭に挙げられるのがマーチングバンドなのである。

マーチングバンドというと、ただのブラスバンドにしか見えないかもしれないが、たとえば大学対抗のアメリカンフットボールの試合では、ハーフタイムショーにおけるパフォーマンスの目玉として、チアリーダーの演技と並び、多くの観客の関心を集める存在だ(日本で高校野球といえば甲子園球場のスタンドで応援に精を出す吹奏楽部が連想されるのに近い)。

ここで面白いのは、白人文化の文脈では、マーチングバンドは軍隊において行進を支援する存在として理解されているため、隊列を乱さずに整然と演奏することが最も重視されるのだが、それに対して、HBCUの黒人によるマーチングバンドは、もっとはるかに遊動的なものとして受け止められていることだ。

身体を揺らしながら演奏し、時にはジャズのようにインプロビゼーション(即興演奏)をまぜ、観客との間で――大学スポーツの観戦者の多くはその大学の卒業生の家族であることから、いきおい観客も黒人が多くなる――応答を繰り返す「コール&レスポンス」まで生じることがある。

要するに、教会におけるゴスペルのように、HBCUのマーチングバンドの演奏は、ノリのいい黒人らしい音楽の典型なのだ(一般にソウルフルと形容される黒人音楽がどんなものか、イメージを掴むには、ウェル恵子『魂をゆさぶる歌に出会う』が簡潔でわかりやすい)。

魂をゆさぶる歌に出会うゴスペルソング、ブルーズ、ヒップホップ…。アメリカ黒人につながる文化は、なぜ私たちを惹きつけるのか。そのルーツへさかのぼり、彼らの伝えた歌や物語を読み解いてみよう

実際、HBCUのマーチングバンドの大会もあり、毎年1月、南部ジョージア州の大都市アトランタではHonda Battle of the Bandsが、ホンダ主宰で開催されている。ホンダとはもちろん日本の自動車メーカーのホンダで、トヨタ同様、ホンダもアメリカ南部に工場を設けているため、地元とのつながりを深めるためのイベントなのである。

それくらいマーチングバンドの文化は南部に根付いているのだ。

自らも南部テキサス州ヒューストンの出身であるビヨンセは、そのHBCUマーチングバンドのノリをそのまままるごと、今回のコーチェラのステージに持ち込んだ。

となると、なぜすでに3児の母で今年36歳のビヨンセが黄色いトレーナーを着て(さらにはニーハイブーツまで履いて)、中盤までずっと歌い続けていたのかも理解することができる。

別に若作りをしたかったわけではなく(もっとも少しはそういうところもあったかもしれないけれど)、黄色いトレーナーをともに着たバンドの存在を前面に出したかったからなのだ。

彼女も、マーチングバンド・メンバーの一人だったのだ。

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