医学博士と専門医、どっちのほうが「偉い」のでしょうか

覆面ドクターのないしょ話 第15回
佐々木 次郎 プロフィール

博士の肩書きがあまり役に立ったためしがない

医学博士が「研究者」という位置付けなのに対して、専門医は文字通り「専門の医者」である。

では、専門医はどうしたらなれるのか?

専門医とは大学の教授が与えるものではなく、学会が与えるものである。学会に入会後5~6年で受験資格が得られる。大学病院でなくても認定施設にいれば資格はもらえる。

まず、専門の分野について、学会で定められた一定数の症例をコツコツと経験し自分で治療する。それらを書類にまとめて提出し、筆記試験と口頭試問をパスたら、認定証が授与される。実験・研究は必要ないので、普通は専門医の方が早く取得できる。ちなみに、受験料・登録料・更新料それぞれに数万円かかり、かなり懐が痛む。

 

私は数人の同輩・後輩たちといっしょに受験した。筆記試験は全員スムーズにパスしたのだが、試問の時にちょっとしたアクシデントが発生した。当日の試問の責任者はS大学のK教授で、私はK教授に面識があった。K教授の人柄は厳しく、学会の会場では発表者に対して喧嘩腰で厳しい質問をする先生だった。しかし、私に対する試問は極めて和やかな雰囲気で行われた。

入室すると、その教授はニコッと微笑んで着席を促した。

「症例の第1例目を説明して下さい」
「この症例は○○で……これらの所見から、A法で手術を行い、経過良好です」
「なぜA法を選んだのですか?」
「〇〇の理由でA法を選びました」

「A法以外にもB法、C法などの方法がありますよね? あえてA法を選んだ理由は?」
「〇〇だからです」
「理由が少し弱いなぁ」
「……」
「他の理由は? 正直に」
「……実は……うちの教授が……A法にしろと言ったからです」
「あるある! 教授の命令だろ? うん、いいでしょう」

いいの? 本当に正直に言っちゃったけど、いいんだ! その後も症例を10例ほど説明したが、穏やかな春のような面接だった。

「退出していいですよ。お疲れさま」

と労いの言葉までかけていただき、ホッとして私は面接室を出た。

部屋の外には後輩が待っていた。

「次郎先輩、K教授どうでした?」
「K教授って、あんなに優しい人だったっけ?」
「試問はどうだったんですか?」
「答えに詰まったとき、『うちの教授がA法にしろと言ったからです』と答えたらOK牧場だったよ」
「じゃ、ボクも楽勝ですかねぇ」

ところが、彼の面接は厳しかった。

「なぜこのA法を選んだのか説明して下さい」
「〇〇だからです」
「違うなぁ……」
「△△の理由もあります」
「全然ダメ! 他の理由は? 正直に」

 後輩の脳裏に、私のアドバイスが浮かんだ。

「うちの教授が……A法にしろと……」
「何だと! 君は教授が黒だって言ったら、白いものも黒いって答えるのか? 白い鷺を見て黒い烏だって答えるのか?」

後輩は散々な目に遭って、泣きそうになりながら面接室から出て来た。

「次郎先輩! 話が違うじゃないですか!」

だが、ありがたいことに私も彼も専門医試験には合格した。合格発表の後、後輩は嫌味たらしくこう言った。

「次郎先輩って、こうしてうまいことやって世の中渡ってきたんですねぇ」
「いやいや、俺は俺なりに苦労してるんだけど……」

さてこうして苦労して取得した医学博士と専門医だが、そもそも医学博士と専門医はどちらが偉いのだろうか?

医学博士の方が偉そうな響きがするが、その価値は昔ほど高くない、というのが正直なところだと思う。また大学病院以外なら、専門医の資格さえあれば昇進には影響がない。中には、医学博士なんか要らないという若者もいる。

ただこれだけは言える。医学博士でも専門医でも、あまり役に立ったためしがない、ということだ。

特に医学博士の資格はなくても困らない、ともいえるのではないか。その価値が薄れ、「足の裏の米粒」とも言われている。その心は「別に大したものじゃないけど、気になるから取る」という程度のものだという意味だ。


「足の裏の米粒」。確かに気になるから取りたくなる

またある人はこうも言う。「陰毛のごとし」と。


「ないとちょっと寂しいけど、あっても役に立たない」

えっ? その程度の価値なの? あんなに苦労して獲ったのに……。

(初出・小説マガジンエイジ)