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物語の世界と現実の生活が「地続きのよう」に感じる読書体験

作家・東直子「わが人生最高の10冊」

巣立ちの際に勇気をもらった

今回選んだのは、今の自分につながる強い影響を受けた10冊です。

小さい頃はおとなしい子どもで、本が大好きでした。小学校3年生ぐらいの時に読み、のめり込んだのが、安房直子さんの中編集『北風のわすれたハンカチ』。

表題作は両親を人間に殺されたひとりぼっちのくまが主人公です。ある日、そのくまの家に小さな女の子の姿をした北風の精が訪ねてきて、くまと楽しい時間を過ごします。が、結局は旅する彼女はくまを残して去って行く。

安房さんの作品は孤独な境遇にいるもの同士の触れ合いを描くものが多い。エンタメ性の強い、起伏に富む物語が多い海外の児童文学も好きなんですが、私には安房さんが書く、ほんわかとした雰囲気のなかに、どこかもの悲しさがある作品に心を惹かれます。

細部が丁寧に描かれている本を好むようになったのもこの一冊からです。くまが少女とホットケーキを作るシーンがつぶさに描かれていて、現実と地続きのよう。物語の世界を身近に感じさせてくれます。

安房さんの作品のように読んでいくうちに、物語の世界と一体化するようにどっぷりと浸っている作品が好きなんです。

同じく、細部の描写が素晴らしいのがワイルダーの『長い冬』。テレビドラマ「大草原の小さな家」の原作シリーズのうちの一作ですが、この本では厳しい冬が描かれています。

思春期真っ只中の中学生のときに読んだのですが、過酷な環境のなか、大人として独り立ちしようとする主人公に共感し、大変勇気をもらいました。

高校の頃に読み、圧倒されたのが1位に挙げた安部公房の『砂の女』。本当にすごい小説で、すっかり魅了されました。

この本の中にはたくさんの要素が詰まっています。まずSF的な舞台設定。ある男が砂穴の底に埋もれる一軒家に閉じ込められます。その家には一人の女が住み、家から脱出しようとする男を妨害する。

ミステリーやサスペンスの要素も強いですが、主軸になっているのは実は恋愛なんです。「婆さん」と呼ばれていた女が、物語が進むと色っぽさをまとい、男は特別な感情を持ちはじめます。

最後、男は砂の中から逃げられるのに逃げない。なぜなのか、読んで何年か経った後でも考えさせられ、読み返しても全然飽きません。

小説の面白さがすべて詰まっているような作品です。この本を読んだあと、安部公房に夢中になり、演劇に打ち込んだ大学時代は「友達」など、安部公房の戯曲も演じました。

 

江國香織の醍醐味

萩尾望都さんの作品は、小学生のときに『11人いる!』を読んでから、今もずっと追いかけています。今回挙げた『訪問者』は大学時代に読みました。

少年の成長物語としても素敵で、叙情性にも優れている。主人公のオスカー少年が梨の花を回想するシーンが美しく、春から夏にかけて、白い花が咲き始めると必ず思い出します。

私は大学を出て結婚し、子育てをしながら短歌を作るようになったのが26歳ぐらいのときでした。穂村弘さんの歌集『シンジケート』を読んだのもその頃で、短歌に対する考えが一気に自由になりました。

まず、一つ一つの言葉が明快で、その一首が頭のなかで、クリアに映像になります。

また、それまでの日本文学であまり出てこなかったキュートな女性が描かれているのにも惹かれました。

「体温計くわえて窓に額つけ『ゆひら』とさわぐ雪のことかよ」

「雪だ」を「ゆひら」と言った女の子を歌にしているんですが、かわいらしくてポップですよね。そして、読んだ瞬間に情景も広がります。関係性も対等で、感性を響き合わせる等身大の男女の姿が見えてくる。

江國香織さんの『すいかの匂い』は私が第一歌集を出した'90年代後半に読みました。収録作すべて女の子が主人公で、現代が舞台なのに、ちょっと恐い民話のような読後感があります。

人間誰しもが持つ逸脱した部分を非常に巧みに描くのが江國小説の醍醐味だと私は思っています。それを短い話の中にエキスのように凝縮しているのがこの一冊です。

読書中、私たちは一瞬現実を忘れます。本の中の世界に入れば、自分の心に化学反応が生じる。本を読み終わったあと、現実の人間に向き合うと、今までより関係が楽になったり豊かになったりします。

その繰り返しが人間そのものを深めてくれ、心も安らかにしてくれる。読書は自己発見でもあり救いです。(取材・文/佐藤太志)

▼最近読んだ一冊

「初めて読んだシリアの作家の本。厳しい情勢の中、社会的なメッセージを届けたいという小説家の意志がメタファーとして結実しています。日本の作家とは違う、必然として描かれる寓話に力強さを感じ、とても新鮮」