「進化は進歩ではない」と言われて、あなたは納得できますか

サルから人間、だけが進化ではない
更科 功 プロフィール

本当に進化は進歩ではないのか

でも、言葉だけの問題ではないかもしれない。なぜなら、生物の進化の歴史を振り返ると、本当に生物の進化って、進歩して向上していくことのように思えるからだ。たとえば、脳に注目すると、こんな感じだ。

おそらく生物は、約40億年前に誕生した。そのころの生物は、細菌のような単純なものだった。脳なんて、まったくない。それから細菌が進化していくにつれ、だんだんと複雑な生物も現れた。

 

カンブリア紀(約5億4100万年前~約4億8500万年前)には、中枢神経の前部が発達して単純な脳を作ったミロクンミンギアのような魚や、アラルコメネウスのような節足動物が進化している。

中生代(約2億5200万年前~約6600万年前)になると恐竜が現れた。以前、恐竜は体が大きいだけで、バカでノロマな生き物と誤解されていた。しかし、実際には知的で活発な生き物だった。恐竜時代の終わりごろに進化したトロオドンは、もっとも知的能力が高かった恐竜のひとつである。もしもトロオドンの子孫が絶滅しないで、今日まで生き延びていたとしたら、高度な知性をもったディノサウロイド(恐竜人間)になったのではないかと言う人もいるくらいだ。

Troodonの骨格図
トロオドン(Troodon)の骨格図 photo by gettyimages 

新生代(約6600万年前~現在)になると哺乳類が繁栄し、トロオドンをはるかに上回る知的能力をもった哺乳類が現れた。イルカである。人類が約700万年前に現れてからも、長きにわたってイルカは地球上でもっとも知的能力の高い生物だった。しかし、約150万年前になると、ついに人類が知的能力でイルカを抜いた。それから人類は、この地球上でもっとも知的能力の高い生き物として君臨し、現在にいたるのである。

パキケトゥス
最古のクジラ・イルカ類のパキケトゥス(Pakicetus)の骨格標本 photo by gettyimages 

脳に注目して、ざっと生物の進化の歴史を振り返ってみた。やっぱり、脳は進化の過程で向上・進歩してきたように思える。そもそも単純な細菌だった生物が、進化の結果、高度な知的能力をもつヒトになったのだ。それこそが、進化が向上・進歩である有無を言わさぬ証拠である。これのどこが間違っているというのか。いや、やっぱり間違っているのである。

複雑になるか、単純になるか

こんなゲームを考えてみよう。ゲームの参加者1000人に、それぞれ1000円ずつを渡す。そして参加者は、1分ごとに近くの人とペアになって、ジャンケンをする。負ければ、相手に100円を渡さなければならない。つまり、勝てば相手から100円貰えるわけだ。このようなルールでゲームを始めると、10分後にはどうなっているだろうか。

確率的に考えれば、10回全部勝ち続けた人が1人ぐらいはいそうだ。その人は所持金が2000円に増えている。9回勝って1回負けた人は所持金が1800円だが、そういう人も10人ぐらいはいるだろう。一方、損をした人もいる。全部負けて、所持金が0円になった人も1人ぐらいはいるはずだ。でも、多くの人は、だいたい勝ち数と負け数が同じくらいで、それほど得も損もしていないだろう。

進化は、このゲームのようなものだ。ゲームですごく儲かる人もいるように、進化ですごく複雑になる生物もいる。たとえば、私たちヒトがそうだ。ヒトの脳は、ものすごく複雑だ。でも、そういう生物は一部にすぎない。

逆に、ゲームで損をする人もいるように、進化で単純になる生物もいる。あまり単純になりすぎると、もはや生物でなくなってしまうが、それがウイルスだ。ウイルスは、自分で増えることができない。生物(というか細胞)に感染して、増やしてもらわないといけない。そのため、細胞がいない世界では、ウイルスは増えることができない。したがって、ウイルスが現れたのは細胞が現れた後ということになる。そこでウイルスは、細胞から退化したものと考えられているのである。

たしかに、私たちヒトのことだけを考えれば、進化は進歩のように思えるかもしれない。でも、私たちのように複雑化した生物は、ほんの一部なのだ。ほとんどの生物は昔と変わらず、それほど複雑にも単純にもなっていない。その代表が、現在の細菌だ。数で考えれば、地球上の生物の大部分は細菌なのだ。彼らはジャンケンで、大儲けも大損もしなかったのだ(実は自然選択には、この儲けや損を変化させる働きがある。しかし、話が複雑になるので、ここでは無視しよう)。

このゲームで、忘れてはいけないことが2つある。1つ目は、すごく儲けた人がいる反面、すごく損した人もいるということ。2つ目は、ジャンケン自体には、勝つ傾向も負ける傾向もないということだ。進化の結果、生物が複雑になることもあるけれど、だからといって複雑になる傾向があるわけではないのである。

私たちは、つい自分を中心にして、ものごとを考えてしまう。私たちはヒトなので、つい「進化」を「進歩」と考えてしまう。でも、もし私たちがウイルスだったら、どうだろうか。「退歩」が当たり前の世界に住んでいる彼らには、きっとこの世界がまったく違って見えている。そして、ウイルスたちの学校では、先生が生徒にこう言っているに違いない。

「ほとんどのみなさんは、『進化』のことを生物が『退歩』することだと思っているでしょうね。でも、違うのです。たしかに『進化』によって、私たちウイルスのように、生物が単純になることもあるけれど、複雑になることだってあるのですよ」

進化のイメージphoto by gettyimages