「天才」と呼ばれたアスリートたちのその後の人生

受付嬢になっていた「ポスト浅田真央」
週刊現代 プロフィール

まだ納得できていないから

石川遼や松山英樹が台頭する以前、「天才少年」と呼ばれたゴルファーが、市原弘大プロ(35歳)である。日本ジュニアゴルフ選手権をはじめ、アマチュア時代は25個のタイトルを総なめにした。埼玉平成高校在学中の18歳のときに満を持してプロ転向を表明している。

ゴルフ関係者は誰もが、市原プロはすぐに初優勝を達成すると思っていた。

だが、19歳でパターのイップスに陥った。ようやく克服すると、今度は23歳のときに腰椎ヘルニアを発症してしまう。

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この苦境を乗り切ったものの、昨年は親指のケガで成績を残せず、シード落ちしてしまった。いまだツアー0勝。しかし、市原プロは明るい。

「たしかにジュニアのなかでは勝ちましたが、プロの試合で上位争いをしたわけでもありません。当時はジュニアの人数も多くなかったですから、そのなかで少し上手かったというぐらいのことです。

もともとすごくゴルフが好きだった。それに僕は『自分はこういうゴルフをしたい』ということを突き詰めるほうが楽しい。もちろんもっと結果も求めなくちゃいけないと思っています」

 

市原プロは、次世代の元天才少年、松山英樹をどう見ているのか。

「僕もプレーヤーである以上は、どんなに彼を凄いと思ったり、尊敬する部分があっても、負けたくない、勝ちたいという気持ちはありますよ。

ゴルフは順調にいくことなんて、ほぼありません。試行錯誤しながら、ごくまれに上手くいく。一瞬、『ああ、もうやめた』と思うこともあります。でも、次の日には普通に朝から練習をしています。

もしやめるのならば、自分のゴルフに納得してから。今年はケガの痛みがないだけでありがたいことだと思います」

少年から大人になり、世界が広がれば、上には上がいることを知る。そのとき多くの元天才少年が「普通の人」に変わる。それでも人生は続く。

「週刊現代」2018年5月5日・12日合併号より