「天才」と呼ばれたアスリートたちのその後の人生

受付嬢になっていた「ポスト浅田真央」
週刊現代 プロフィール

「第2の浅田真央」と呼ばれたフィギュアスケート選手が'16年1月に静かに引退した。西野友毬さん(24歳)。小学6年生で5種類の3回転ジャンプをマスター。14歳でのぞんだ国際大会、ジュニアグランプリファイナルでは3位に入った。

周囲は将来の日本のエースだと期待したが、本人は冷静だった。

「体型が変わる時期にさしかかり、今まで跳べていたジャンプを維持するのが精一杯でした。むしろ、自分の技術力と成績が釣り合っていないと感じていました」

西野さんの不安は現実のものとなる。15歳でジャンプがスランプに陥ったのだ。成長期で体重は5kg以上増加していた。

「空回りもあったと思います。前年の成績があまりに良かったから、気合が入っていたんです。このころは体重をコントロールするために、鶏のささみや野菜中心の食生活が続きました。

次第に集中力もなくなってきて、情緒不安定にもなっていきました。週に一度はつらくて泣いていましたね。

本気でやめようと考えたときもありました。それでもやめなかったのは、コーチが必死に止めてくれたから。父親にも『最後までやり遂げなさい』と言われ、あらためてスケートに向き合おうと決意しました」

 

高校2年生からは気持ちを切り替えて再出発したという。つらい練習を重ね、'10年の全日本選手権では浅田真央や安藤美姫と同じ最終グループに残り、6位に食い込んだ。

明治大学進学後もスケートを続け、全日本選手権や国際大会で思うような成績は残せなかったが全日本学生選手権は4連覇。そして大学卒業と同時に現役を引退した。

「最後の大会と決めていた全日本選手権では、フリーの演技がノーミスだったんです。会場全体がスタンディングオベーションをしてくれた。この光景は、私の人生において財産になっています」

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西野さんは中学3年で五輪出場はもう難しいと感じ、スケートは大学4年までと決めていた。

「真央さんが注目され始めて、そのすぐ下の年齢に私がたまたまいただけなんです。

引退後は社会に出ようと決めていました。スケートの練習をしてきたからといって仕事が決まるわけでないので、就職活動はすごくつらかった。何のためにスケートをやってきたんだろうって考えてしまいましたね。

今は契約社員として一般企業で受付の仕事をしています。人と関わることが好きなのでこの仕事に決めたんですよ」