世界一孤独? 日本の中高年男性が絶対無視できない「悲しき未来」

孤独が国民病になりつつある…
赤川 学 プロフィール

オスは「軽い存在」「存在感に乏しい」

他方、日本の格差論を牽引してきた経済学者・橘木俊詔氏の『男性という孤独な存在』は、孤独の動物学的、進化論的基盤にも触れていて、これまた刺激的である。

特に興味深いのは、トリヴァースの投資理論(=動物界で雌が雄よりも子育てにコミットする確率や熱意が高くなる理由を説明する理論)や、霊長類学の泰斗・山極寿一氏の家族論(=類人猿では雄の役割は子孫をつくる精子提供に限定されるという仮説)に基づいて、「人間の社会においても、父親は本来不要な存在である」と類推していることだ。

さらに未婚化、単身化、男性性欲の二極化などの家族変容が進む現代でも、女性が子孫を残したいという希望はかなり強く、出産に際して相手の精子として誰を選ぶかが重要になるという(p.158)。

人間の現代社会にも、霊長類に普遍の法則が貫いているわけである。

このように、類人猿についても雄は「軽い存在」であり、ヒトのオス、特に平凡な男は本来的に存在感に乏しい。

「独身で、さらに単身生活を続けている男性に孤独な存在が多いことは論を俟たないが、結婚したとしても、存在感を発揮できないという意味では既婚男性も孤独な存在なのである」(p.166)。

いわゆる「草食系男子」だけでなく、結婚して子がいる夫や父親も影が薄くなり、孤独が深まっているという橘木氏の現状観察は、種々の統計や人類学、歴史学、社会学の基本的な文献の渉猟に基づくものである。

と同時に、岡本氏の「世界一孤独なのは日本のオジサン」という観測とも、平仄があっている。

 

よりよい社会制度を構想する正義論

それでは、日本の中高年男性が「孤独化」しているという時代診断を、どのように受け止めたらよいのか。

第一に、橘木氏が取り上げる学説は、動物学や進化論の定番というべき中心的な仮説が多い。

また岡本氏も、肌を触れ合うことはオキシトシン(愛情ホルモン)の生成を促すといった生理学的な事実だけでなく、「女性はラポール(共感)トーク、男性はレポート(報告)トーク」(p.142)、「プライドの生き物」である男性は、ボランティア、慈善、高齢者支援などのサービス受益者になることに抵抗を示す(p.159)など、男女の違いや特性を論じることに躊躇がない。

実のところここ数十年、人文社会系の学問では、男女や家族のことを論じる際に、生物学や進化論に基づく事実や仮説を持ち出すことが難しくなっていた。

性差や生物学的事実をもちだして議論すること自体が差別につながるとして、拒絶反応を示す学者が少なくなかったからである。

しかし、もうそんな時代は終わりを迎えるだろう。

動物や霊長類にみられる現象の一部を人間が受け継いでいることに疑いはないし、男性と女性との間で、おそらくは進化上の適応問題に基づく、さまざまな特性の違いがみられることは、否定しようもない事実である。

もちろんそうした事実があるからといって、男性と女性が異なる処遇や差別を受けることが正当化されるわけではないし、逆に、男女の差異を否定したからといって、差別や偏見がなくなるわけでもない。

要は、事実を事実として受け止めた上で、よりよい社会制度を構想する正義論が、これからの人文社会系の学問にはふさわしい。

孤独を論じる両書にも、その萌芽がみられる。