アジアの生活を激変させた、最新フィンテックの「破壊力」

こうしてデジタル社会が到来する
小林 啓倫 プロフィール

デジタル社会のインフラをつくる

だがこうした取り組みを着実に進めていくためには、企業の力だけでなく、国や社会の力も必要になる。

たとえば便利な金融サービスを生み出せたとして、それを開設するために必要なID(身元証明)を、人々が持っていないとしたらどうだろうか。

日本では考えづらいことだが、アジア諸国の住民の中には、医療機関や公的サービスの不備によって出生時の証明が得られなかった人々もいる。いくら金融サービスが高度化しても、それに参加できないのであれば意味がない。

これを大規模な国家プロジェクトで解決しようとしている国がある。2024年までに人口数で中国を抜くと予想されている、インドである。

インドでは「アドハー(Aadhaar)」と「インディア・スタック(India Stack)」という画期的な取り組みが進められており、これによってフィンテック系のサービスは大きな後押しを受けている。

 

Money20/20 Asiaにおいても、これらのプロジェクトをテーマとした関連セッションが、2日目だけで3つも開催されたほどである。

インドではこれまでの経済状況と、その国土の広さもあり、IDを持たずに生活している国民が多数存在していた。

彼らは銀行口座など、金融サービスのアカウントを開設することができず、各種の公共サービスを受けることも、事業を興すために必要な融資を受けることもできない。結果として、インドの経済成長を阻害する要因となってしまっていた。

これに対して、インド政府が最初に行った取り組みが、2009年に開始されたアドハーである。これは指紋と網膜という、2つの生体情報に基づく認証技術(バイオメトリクスと呼ばれ、これ自体もフィンテック関連のサブテーマとして大きな注目を集めている)を使って、国民にデジタルIDを付与するプロジェクトだ。

広大なインドで、全国民に生体情報に基づくIDなど付与できるわけがない――そうした下馬評をものともせず、インド政府は農村地域にまでデータ収集スタッフを派遣。その結果、総人口13億人のインドで、既に約11億人にIDを発行することに成功している。

インド政府が開設した”India Stack”公式サイト

この成功を受けて、インド政府がさらに立ち上げたのが、2016年のインディア・スタックだ。これは複数のシステムを統合させた情報インフラで、アドハーのIDを使ってログインすることができる。

そこに保管されているのは、ありとあらゆる種類の個人情報だ。住所や職歴など基本的なものから始まり、納税情報や公共料金の支払いといった公的なもの、さらには医療情報や銀行の取引明細に至るまで、多種多様なデータが集まっている。

インド国民はこの中から、特定の相手に対して情報を開示することができる。融資を受けたければ、納税情報や各種の支払い情報を共有することで、自分の信用力を証明することができるというわけだ。

インド政府はそれと並行して、決済のみの機能を有し、口座維持手数料のいらない決済銀行を設立。これに国民の参加を呼びかけ、3年間で約2億7000万件の新規口座が設立されるという成果を残している。

インド政府は着実に、前述の「ファイナンシャル・インクルージョン」と、国民全体のデジタル経済への移行を実現しつつあるのだ。

こうしたインドの取り組みに対し、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者の経済学者のジョセフ・スティグリッツは、「米国もインドにならい、デジタル経済への移行を進めるべき」という趣旨の発言をしている。

先進国である米国ですら、デジタル分野の取り組みではインドに一歩遅れている――これぞ最大級の「リープフロッグ」と言えるだろう。

前・後編にわけ、「フィンテック」というトレンドと、それがアジアの国々でどのように花開いているかを見てきた。

フィンテックはお金という、生活に密接した存在を大きく変えるサービスであり、それだけに社会全体を変える力を持っている。それぞれの国で、どのようなフィンテック系サービスに注目が集まっているのかに目を向けてみるだけでも、その国の現状と未来を感じることができるだろう。