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大型連休に次のテロが…麻原逮捕を巡る検察・警察の知られざる葛藤

傍流検事~麻原逮捕までの57日

「あの人に、こんな大事件の指揮ができるのか?」。検察官たちも初めは、そう囁いた。地下鉄サリン事件で日本が騒然とする中、オウム真理教の闇に切り込んだ検察官たち。その指揮官に抜擢された、"傍流検事"・甲斐中辰夫氏の知られざる死闘を、検察・公安警察の取材を重ねてきた報道記者の竹内明氏が描き出す、特別連載第3回。

(※第1回はこちら→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55167

妥協を許すな

5月の大型連休が接近するにつれて、オウムによる新たなテロに対する危機感は高まっていた。

国松長官に続いて、自分が狙われるのではないか――。

警察の中には、こんな恐怖感を持つ幹部も現れた。全国のオウム捜査を指揮する立場にある警察庁刑事局長がそのひとりだった。彼は警察庁の庁舎内でも防弾チョッキを着込むなど怯えた姿をさらした。

さらに極秘に転居し、刑事局長が出勤するときには所轄の十数人の警察官が鉄板入りの鞄などをかざすなど、総理大臣並みの警護をした。

 

転居先の官舎は東京地検次席検事・甲斐中辰夫と同じ建物だった。甲斐中は夜中に警備もつけず、ひとりで散歩して見せ、「捜査幹部がびびったらオウムの勝ちだ」と言ってのけた。

とはいうものの、次のテロを防ぐには教祖・麻原彰晃こと松本智津夫を逮捕しなければならない。焦燥に包まれる中、またもや検察と警察の間に対立が生じた。

「甲斐中次席が麻原逮捕にストップをかけている」

警察側を発信源とする、こんな情報が駆け巡り、マスコミが「何事か」と取材に動いた。

焦点は、サリン製造やサリン散布に関わった松本智津夫以下教団幹部の逮捕罪名をめぐる、極めてテクニカルな問題だった。

麻原らを「殺人罪」で逮捕するだけの証拠を得ていないことから、警視庁側は「殺人の準備のために、サリンを製造した」という「殺人予備」の容疑で逮捕したいと主張した。取調べで供述を得てから、起訴罪名を「殺人」に切り替えるという戦法だった。

検察側はこれを許さなかった。

「殺人予備で逮捕して、20日間(拘置期限)で、殺人に切り替えて起訴する証拠を得られなければ、殺人予備のまま起訴しなければならない。あとで地下鉄サリンの証拠が得られても、裁判所は逮捕状すら出せない」

サリン製造の殺人予備で起訴することは可能だが、法定刑はわずか2年だ。しかし、サリン製造と地下鉄での散布は「包括一罪」となり、ひとつの被疑事実とみなされる。殺人予備罪で起訴すれば、既判力(ひとたび、ある罪で裁かれれば、二重に裁かれることがない、という原理)が及び殺人罪は免訴になる、という高度な法律論だった。

検察としては化学兵器テロに関った者たちを、わずか2年の懲役で終わらせるわけにはいかなかったのだ。

だが、この回り道によって捜査は致命傷を負った。4月22日、教団幹部・村井秀夫が公衆の面前で刺殺された。報道陣が集まった南青山の教団施設前で起きたこの事件は、テレビカメラを通して、一部始終が生中継される異例の事態となった。

「だから、早く逮捕しようって言ったじゃないですか!」

寺尾正大捜査一課長はこういって主任検事の鈴木和宏を責めた。

村井はサリン製造から地下鉄サリン事件にいたるまで、麻原の指示を部下に伝える役割を担っていた。まさに実行グループとのつなぎ役。その人物を失ったことは、その後の真相解明を難航させることになった。

[写真]村井氏刺殺事件が発生した、教団の南青山本部前(Photo by GettyImages)村井氏刺殺事件が発生した、教団の南青山本部前(Photo by GettyImages)

焦る警察

「オウムは連休中に大規模テロを計画している。いま一網打尽にしないと犠牲者が出る」

ゴールデンウィークの連休直前になると、警視庁側はこんな殺し文句で検察に迫った。だが、甲斐中は早期着手の直談判にやってきた廣瀬権副総監に対し、首を横に振った。

「殺人予備で逮捕したら、オウムから『捜査側はなにも材料をもっていない』と見透かされる。誰も自白しなくなりますよ。『取調官はすべてわかっている。隠しても無駄だ』と思わせて、一挙に壊滅するのが組織犯罪捜査だ」

ようやく納得した廣瀬だが、最後にこう釘を刺した。

「もし連休中にテロで犠牲者が出たら、お互いに責任を取らなければいけませんよ」

廣瀬は「重大さを理解しているのか」とばかりに、甲斐中の覚悟を確認したのだ。

「それはそうだ。責任を取りましょう」

甲斐中は全国26万の警察組織の怨念のようなものすら感じた。

殺人予備罪の適用を突っぱねたものの、検察は追い込まれた。殺人罪を適用するには、サリン製造、運搬、散布に、誰がどう関わっていたかを特定しなければならないのだ。

敵はゲリラ戦を挑んできている。地下に潜ったオウム信者がどこでテロを引き起こすか予測も付かない。ずるずると逮捕が先に伸びれば新たな犠牲者が出る。それを防ぐためには、何よりも「自白」が必要だった。

問題は、教団幹部で、顧問弁護士でもある青山吉伸だった。彼が被疑者の接見にやってきたあとは、教団幹部が貝のように口を閉ざしてしまう。

青山は逮捕された被疑者と接見すると、こんな紙を見せて、黙秘を指示していた。

<お元気ですか。取り調べへの対応は大変でしょうが頑張ってください。暴力、情による誘導、誤情報によるゆさぶり、釈放をちらつかせながらの誘導etc。いろいろワナが待っていることでしょう。しかし、このような外的条件に心が動き、帰依を失っては真理の実践者とはいえません。(以下略)>

文末には、教団の最高位を意味する「正大師一同」と書かれていた。「黙秘しろ」という脅迫である。この紙を見せられた被疑者たちは、教祖を守ろうという教団首脳部の圧力に恐れ戦いた。