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ハロウィンはOK、イースターは流行らない…私たちの「文化的事情」

ディズニーランドは熱心だが
堀井 憲一郎 プロフィール

古代の習慣が続いている

おもしろがって、そんなことをしてるわけではない。昔のことだから、そういうふうにしか伝えられなかったのだろう。

「復活」は、死刑になったナザレのイエスが、3日の後に復活したという伝承で、紀元30年ころの話である。

ずいぶん昔だ。日本だと弥生時代。

そのころ、あまり「日付」という概念をみんなが共有していなかった。どこかで誰かが暦の管理をしていただろうが、ふつうの生活をしている人は、何月何日なのか、ということと無縁に生きていたはずだ。

ただ「数字(日付)によって時間を把握していない時代」でも、毎年、同じことをやらなくてはいけない。特に農作業では、いつ種を蒔くかとか、苗を植えるかとか、その時期を間違わないことがとても大事である。だから「去年とだいたい同じ時期」を特定する方法は持っていた。それを「イエスが復活した日を覚えるとき」にも流用したのだろう。

春分点は、農作業にとって大事なポイントとして、把握されていたはずだ(たとえば、村の大きな木の影の移動を1年間追っていれば、だいたいわかる)。

見上げれば月は出ている。つまり、「春分のあとの満月」と指定すれば暦がなくてもだいたい同じ時期を特定できる。

「日曜日」というのは、これは生活のなかの宗教的区切りとして定着していたようだ。7日ごとに1日休むという習慣が強く守られていた。

ただ、細かいことになるが、ナザレのイエスが磔になったとき、キリスト教という宗教は存在しておらず(原始キリスト教がこっから始まるわけですからね、存在してるわけがない)、イエスはユダヤ教徒であり、そのユダヤ教では「土曜日」が休息日として守られていた。毎週、土曜は働かない日だったのだ(そのため金曜のイエスの処刑からの埋葬を急いでいた、という記述が聖書にある)。

イエスが復活したのは、その休息日の翌日だった。

磔の日、休息日、復活の日の順だったわけである。

そもそも、イエスが死刑になり、復活したのが、本当にこの日程だったのか、定かではない。それがたまたま“過越の祭り”と重なっており、それで記憶されているという考えと、もともとの日がまったくわからず、この祭りに重ねてしまっただけ、という考えがある。あまりに古く、細かいことまでは断定しかねる状況である。

とにかく「復活祭・イースター」は、古代から続く習慣であるため、カレンダーがなくても行えるように、その執行時期を不思議な形式で伝承している。

数字で覚えるのが普通だとおもっている現代人にとっては(4の月の16番目の日だとか、3の月の27番目の日だとかの数字である)奇妙に見える。ただそれは習慣の違いにすぎない。

 

福音書の正直な記述

「復活」がキリスト教の根幹にある。

イエスは、死んだ日で記憶されているわけではない。

キリスト教には「始祖の命日」が存在しない。まあ、死んでないんだからね。命日は強いていえば「復活祭の2日前」であって、無視されているわけではないが、重要な日ではない。金曜日に冥福を祈ったりしない(のだとおもうが、よく知らない)。

ナザレのイエスは、金曜に死刑になり息が絶え、夕方に急いで「岩を穿った棺」に収められた(日が暮れると土曜日となるので、休息日にそういう作業をしてはいけないから急いでいたのである)。中一日おいて、日曜に見に行ったら死体がなかった。それが「復活」である。

「福音書」の記述を読んで、わりと正直に書いてるなとおもうのはここである。

目の前でイエスがむっくり起き上がって、死んでないよと言ったわけではない。金曜の夕方にとりあえず急いで死体を安置して、そのまま土曜日は安息日なので死体を放置したままで(誰も見に行ってない)、日曜にイエスの死体に香油を塗るために死体を置いた場所に行ったら、死体がなかった、というのである。驚いていると、もうイエスはここにはいない、復活した、という声を聞くことになる。

正直だとおもう。

信仰と関係なく読めば、そりゃ誰かが死体を運び去っただけでしょう、と読める。そこを隠していない。

メッセンジャーがぼんやり見えたり、天の声が聞こえるのは、それは個人的な体験なので、ただ信じるかどうかというだけの問題である。

死体は消えていた。

そしていろいろスピリチュアルな声が聞こえたので、その日が復活の日とされた。それを信じる人は信者となり、信じない人は、関係なく生きていくばかりである。少し親切な人なら、「いや、それは誰かが死体を盗んだんだって、探したほうがいいって」と忠告したかもしれないが、誰も探しにいかなかったようだ。

「復活」は、日程もその由来も、けっこう面倒なんである。