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横浜は順位が下位ばかりなので早くチームの力になりたいー若者達の思い

序章"嫌がらせのドラフト"と呼ばれて②

2013年に発売されベイスターズファンのみならずすべてのプロ野球ファンの胸を打った野球ノンフィクションの金字塔『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』。同作品のスピンオフ連載として始まった「2011年のナイン」、待望の連載第2回。それは暗黒時代、史上最弱と呼ばれ、身売り、本拠地移転、球団解散などが噂されたあの秋。どん底の中に生み落とされた高校生たちの7年間の物語――。

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不安と疑心暗鬼の中で

「毎年シーズン序盤から先発崩壊の憂き目に会う現状の中、即戦力ゼロは楽観的と言わざるを得ない」

「補強ポイントである左腕投手を獲得できなかった時点で、ドラフトとしては失敗」

横浜ベイスターズ2011年のドラフト会議。最下位独走で終わりながら、指名選手9名のうち8名が高校生という育成に振り切った指名は、その将来性に期待する声も少なからずあるものの、多くの評論家や専門メディアからは手厳しい評価がなされた。

2011年ドラフト会議(写真:野球太郎)

時は暗黒時代の最盛期。DeNAへの売却交渉の真っ最中だった。連日のニュースでは読売巨人軍渡辺会長が「モガベー(モバゲー)という名前で1つの球団を作るのは無理」「他にないんだよ」「球場のシステムを変えないとダメだ。入場料を25%ピンハネする、広告利益は全部球場で取る、選手はてめえら球団それ自体でやれということをやられたんじゃね」などと吼えまくり、楽天オーナー代行からも「野球団を持つ親会社としてふさわしい会社かどうか」と懸念を示された。

 

さらには、その楽天の元社員が起ち上げた競合企業GREEが、この参入のタイミングでDeNAを訴えるという報道が流れるなど、売却交渉は成立寸前と言われながらも、“横浜”の前には様々な難しい問題があることを伺わせた。たとえ球団売却が成立したとしても、新会社の方針次第では本拠地も、チームの存続すらどうなるかわからない。

10月27日。午後6時。ドラフト会議の最中に、翌日に予定されていた球団譲渡正式発表の記者会見が延期されたというニュースが届く。

すべてが疑心暗鬼と不安に塗れた秋の日。そんな状態で新人選手が指名を受けたとしても「入団拒否もあるのではないか」という疑念は人々のなかに益々膨らんでいく。

だが、指名直後に行われた会見で選手たちが見せた表情と前向きな言葉は、それらの不安を一掃するものだった。暗黒時代の底の底に見えた一条の光。希望はそこにあった。