ノーベル賞受賞! 本庶佑氏が開発を牽引した新薬が世界を救う

がんを薬で治せる時代はやってくるか?
塚崎 朝子 プロフィール

分子の標的を射貫く「分子標的治療薬」

分子標的治療薬も注目されている。がん細胞増殖に必要なたんぱく質などの分子を標的として設計された抗がん剤で、標的を射抜けば著効を示すため、こちらも世界の製薬会社が開発にしのぎを削る。

がん細胞は、もともとは正常な細胞から発生した異常な細胞の塊で、がん発症には、正常な細胞をがん化に導く遺伝子(がん遺伝子)が関わる。1970年代、ニワトリの肉腫ウイルスから、世界で初めてのがん遺伝子が発見された。がん遺伝子は、正常細胞において細胞増殖を促し、変異すると常に活性化されてがん細胞が発生する。

 

その後、がん遺伝子の発見が相次ぐ中、画期的な分子標的薬となったのが、乳がん治療薬ハーセプチンと慢性骨髄性白血病治療薬グリベックである。グリベックは、敗北続きだった慢性骨髄性白血病の治療を一変させ、5年生存率は90%以上となり、自治医科大学の血液内科医だった間野博行氏(現・東京大学医学部教授・兼国立がん研究センター研究所長)は、“奇跡の薬”に感激し、自分もがん遺伝子の探索を開始した。

間野博行氏 写真
間野 博行(まの ひろゆき)
東京大学大学院医学研究科教授、国立がん研究センター理事・研究所長

間野氏は2005年、いかなるがん種でもがん遺伝子をスクリーニングできる実験系を組み立てると、まず肺がんに照準を定めた。先進国で最も死亡者が多く、年間約170万人もの命を奪う、手強いがんだからだ。

肺がん患者で圧倒的多数を占めるのは喫煙者であり、喫煙者に生じた肺腺がん患者から手術で摘出した検体の提供を受け、既に有効な治療薬(イレッサ)があるEGFR遺伝子変異とは別の変異を探したところ、2人目の検体から、EML4-ALKという融合遺伝子が見つかった。さらに探索を続けると、EML4-ALKは肺がん患者の4~5%に見つかり、単独でがんを起こす強力な遺伝子だと分かった。

米国ファイザー社では、ALKを阻害する薬を持っていたことから、急遽これを肺がんの薬として開発することになった。方向転換してからわずか4年で、ザーコリ(一般名クリゾチニブ)という商品名で、まず米国で承認された。

将来的には、薬で「がん根治も」

残念ながら、分子標的治療薬は使い続けるうちに、薬剤耐性を獲得して効果がなくなる。間野氏は、第2世代のALK阻害薬を創る使命感に駆られた。第2世代として9剤が国内外で開発され、そのうち中外製薬のアレセンサ(一般名アレクチニブ)は、世界に先駆けて日本で承認された。

第2世代のALK阻害薬の大きな目標は2つ。1つは耐性変異を生じにくいこと、もう1つは、脳転移にも有効なことだ。脳転移が抑えられれば、遺伝子に依存しない免疫療法などと組み合わせて、根治を目指せるようになる可能性がある。間野氏は、より効率的ながん原因遺伝子の探索法を開発しつつ、とりわけ若年層に好発するがんへと対象を広げて、なお探索を続けている。がんの分類は、臓器ごとから原因となる遺伝子ごとへと移りつつあり、治療は個別化医療へと向かっている。

これ以外に、日本人が貢献した分子標的治療薬には、京都府立大学教授の酒井敏行氏が日本たばこ産業と共に開発したメキニスト(一般名トラメチニブ)がある。発がんは、がん遺伝子の活性化だけでなく、がん抑制遺伝子の失活でも起こる。発がんの一因となるシグナル伝達経路にあるMEKという分子を阻害するメキニストは、メラノーマ治療薬として発売された。奏効率の高い分子標的治療薬となり、他のがん種にも適応を広げている。

もう1つ、協和発酵キリンが、愛知医科大学特任教授の上田龍三氏と共に開発した抗体医薬(分子標的治療薬)ポテリジオ(一般名モガムリズマブ)は、ウイルス感染で起こる成人T細胞白血病の薬となり、寛解に至る患者も現れるなど、大きな光明となっている。

免疫チェックポイント阻害薬や分子標的治療薬などが、今後さらに進化していけば、薬だけでがんが治る時代が夢でなくなる日が来るかもしれないと期待が膨らむ。

21世紀に入り、次々と登場したこれらの薬がいかに誕生したかの詳細については、『世界を救った日本の薬』をご一読いただければ幸いである。

世界を救った日本の薬 書影

著:塚崎 朝子

読売新聞記者を経て、医学・医療、科学・技術分野を中心に執筆多数。国際基督教大学教養学部理学科卒業、筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程修了。

専門は医療政策学、医療管理学。著書に『新薬に挑んだ日本人科学者たち』『慶應義塾大学病院の医師100人と学ぶ病気の予習帳』(講談社)、『iPS細胞はいつ患者に届くのか』(岩波科学ライブラリー)などがある