5年以内に実現? 光合成をして分裂もする人工細胞〈前編〉

生命1.0への道 第8回
藤崎 慎吾 プロフィール

自分でエネルギーをつくらせる

さて現在の生物は、ATPを直接、食べているわけではない。自分の細胞の中で生産し、消費している。その、もととなるエネルギーは太陽光から得たり、あるいは酸化還元という化学反応から得ている。簡単に言えば、そのエネルギーをATPという物質に変換しているのだ。人工細胞にも同じ能力を与えれば、より生き物らしくなるし、もちろんATPというエサを与え続けなくても稼働させられる。

 

生物の中でATPをつくる方法はいくつかあるが、代表的なのはズバリ「ATP合成酵素」だ。実はこれも膜タンパク質の一種である。我々の細胞で言うと、ミトコンドリアのうねうねした「内膜」の中にたくさんある。

かなり複雑な形のタンパク質なのだが、うんと単純化すればキノコっぽい。柄の部分が水車のように回転し、傘の部分が杵をつくように動いてATPをつくりだす。言わばミクロの水車小屋だ(図5、動画2)。

その「水車」を回すのは川ではなく水素イオンの流れである。川の流れは地形の高低差から生まれるが、水素イオンの流れは濃度差によって生じる。その濃度差を生みだすのは、動物なら酸素によって有機物を分解する「呼吸」だし、植物なら太陽光によって二酸化炭素から有機物をつくる「光合成」ということになる。

生命誕生時の原始地球環境を考えると酸素はなかったので、動物がするような呼吸があったとは考えにくい。しかし光合成に必要な水と二酸化炭素は存在した。もちろん太陽光もある。そこで車さんは人工細胞に光合成をさせてみようと考えた。

ATP合成酵素のイメージ
図5 ATP合成酵素のイメージ。キノコに似た形をしており、リン脂質の膜に埋まっている柄の部分が水素イオンの流れによって回転する
 
動画2 冒頭から2分経過したあたりで、ATP合成酵素の働きに関するアニメーションが始まる(https://youtu.be/R2n3MEtviOUより)

とはいえ光合成も多数のタンパク質からなっており、ATP合成酵素よりさらに複雑な仕組みだ。これが第2回で触れた全生物の最後の共通祖先(LUCAあるいはコモノート)より前の、たとえば生命0.9の段階から備わっていたとは思えない。しかし、その原始的なバージョンなら存在しうる。

候補のひとつは、我々の網膜にもある「ロドプシン」だ。このタンパク質に光が当たると、一連の化学反応を経て視神経が刺激され、電気信号が脳に伝わる。ある種の細菌は、これとよく似た「バクテリオロドプシン」を持っており、光エネルギーから水素イオンの濃度差をつくりだしている。実はこのバクテリオロドプシンも膜タンパク質なので、ベシクルにくっつけることが可能だ。もちろん構造もタンパク質1種類だから簡単である。

ATP合成酵素とバクテリオロドプシンを同じ膜の上にくっつけて光を当てれば、膜の外側と内側に水素イオンの流れが生じてミクロの水車小屋が動きだす。最初にATPのもととなる物質は与えておかなければならないが、あとはそれを再利用できる。
 
たとえば人工細胞内でタンパク質をつくるのにATPが使われると、それはADPという物質に変わる。このADPは使い切った電池のようなものだ。ATP合成酵素は、このADPにエネルギー(リン酸)をチャージしてATPに戻してくれる。つまり水車小屋は充電器のようなものだとも言える。

そこでチャージするエネルギーは、バクテリオロドプシンが光エネルギーでつくりだした水素イオンの流れだ。すなわちATP→タンパク質合成→ADP→ATP合成酵素(←水素イオン濃度差←バクテリオロドプシン←光)→ATP→タンパク質合成→……というサイクルが回りだすのである(図6、写真3)。

これは「ボトルアクアリウム」とか「バランスドアクアリウム」と呼ばれる水槽の超ミニチュア版と言えるかもしれない。水槽にメダカやエビと水草を入れて完全に密封してしまっても、中でうまく生態系が回っていれば、光を当てておくだけで飼い続けることができる。餌をやったり、水を替えたりしてやる必要はない。

実は、こういう仕組みというか仕掛けは、1980年代以前から提案されていた。しかし理論だけで、実際に人工細胞で応用された例はない。技術的に難しかったこともあるだろう。車さんらは、それを一歩前へ進めようとしている(写真4)。すでに一定の成果は出ているのだが、その詳しい内容はまだ論文になっていないため、残念ながら現段階では紹介できない。本連載が書籍化される時期なら大丈夫かもしれないので、楽しみにしていただきたい。

光合成の例
図6 細菌における光合成の例。細胞膜にバクテリオロドプシンとATP合成酵素を備えている。太陽光を浴びるとバクテリオロドプシンが水素イオンを細胞内から外に汲みだし、その水素イオンが再び細胞内に流れこむときのエネルギーで、ADPからATPが合成される
 
光合成
写真3 バクテリオドロプシンとATP合成酵素を混ぜた液体。紫色をしているのは、バクテリオロドプシンの色素による
 
写 光合成をする人工細胞の作製風景
写真4 光合成をする人工細胞の作製を実際に進めているのは、東京大学大学院新領域創成科学研究科、上田卓也研究室のサミュエル・B・レンマ(Samuel B. Lemma)さん(エチオピア出身)である
 
 

光合成能力の獲得で「プレLUCA」が誕生した?

この「自分でエネルギーをつくり、タンパク質を合成できる」人工細胞は、生命の起源を考えたときに、どのような意味をもつのだろうか。

実は、とある研究会で車さんが光合成をする人工細胞について報告したとき、ひとりの大物研究者から「あなたは単に、そういう細胞をつくってみたいだけなんじゃないか。本当に生命の起源について考えながらやっているのか」とツッコまれたことがある。

その場では笑ってごまかしたが、インタビュー時に改めて聞いてみたところ「正直に言うと、ただつくりたいだけです。これとこれがあったら、たぶんこれができるのではないかと思った瞬間に、やらないわけにはいかなくなる。学術的な意味とか応用利用は後から考える」と率直に答えてくれた。

しかし「これからの構成的な生命起源の研究には、そっちが必要と思ってやっている。つくって、実証して、こうであるという新しいモデルを立てて、よりソリッドな学問にしていくというのが、これからのスタイルだと思います」とも語っている。

解析的に筋道をたてて考えるのも大事だろうが、個人的には車さんの言いたいこともよくわかる。小説なんかも、最初にテーマを考えて、それに合ったストーリーを構築していくことなんか、ほとんどない。「この場所で、こんなシーンが書けたらいいな」とか「この人物とこの設定を結びつけたら面白いかな」とか、わりと枝葉末節から入っていくことが多い。

テーマはたいてい後からついてくるが、最後にこじつけることもある。まあ小説と科学を一緒くたにされても、困るかもしれないが。

それはそれとして、車さんが考えたストーリーは次の通りだ。

LUCAが登場する少し前の時代、陸上の温泉地帯や干潟には、内部でタンパク質をつくりだせる脂質膜小胞(ベシクル)が生まれていた。つまり生命0.8くらいのやつだ。人によってはそれを「プロトセル(前細胞)」と呼んだりする。そのプロトセルは初め、環境中にあるATPを取りこんでエネルギー源にしていた。したがってATPを得られる一定の場所から離れることができなかった。

やがて地上ならどこでも得られる太陽光のエネルギーを利用して、自らATPを合成できるようになった。このため自由に動きまわれるようになったプロトセルは、さまざまな環境へと広がっていくうちに核酸自体も自らつくれるようになった。ここまで来ると生命0.9くらいで、LUCAまではあと一歩である。車さんは、このようなプロトセルを「プレLUCA」と呼んでいる。

もちろん、まだ「粗筋」の段階でいろいろと埋めなければならない穴はあるだろうが、個人的に引っかかったのは原始地球に最初からATPがあったかどうかという問題である。

実は第1回から第3回までご登場いただいた東京薬科大学教授(インタビュー当時)の山岸明彦(やまぎし・あきひこ)さんから、ATPを生物抜きでつくるのは非常に困難だと聞いていたからだ。環境中に酵素のような触媒と適当な反応場があれば勝手にできるという研究者もいるようだが、実験的に成功したという報告はない。

   第1回から第3回はこちら        
 ● 第1回 「がらくた生命」または「生命0.5」
 ● 第2回 「母なる海」は都市伝説か?
 ● 第3回 ダークホースかもしれない隕石衝突

ただ絶対にできないと証明されたわけではないし、ATPにこだわらなければ、似たようなものでエネルギー源にできる物質は考えられる。持ちは悪いが無生物的にできやすい「マンガン電池」的な物質を、プロトセルは使っていたのかもしれない。しかしプレLUCAはATPという「アルカリ電池」を手に入れたのだ。そういった点は今後も議論されていくことだろう。

膜があり、DNAからタンパク質をつくり、光合成もする人工細胞――それだけでも実現すればすごいと思うが、「人工生命」と呼ぶためにはあとひとつ、大きなハードルが残されている。それについては次回に!

第9回に続く★