文藝春秋社は近年、千葉雅也『勉強の哲学』、尾崎世界観『苦汁200%』、藤崎彩織『ふたご』、シリーズ累計100万部を突破した阿部智里「八咫烏シリーズ」などを中心に、10〜20代に向けた施策を数多く打っている。同社プロモーション部長・田中裕士さんが解説する。
前編はこちら「若者の読書ゼロ時代、文藝春秋はこうしてミリオンセラーを輩出した」
小説をチャット形式で公開
「大学生の過半数が読書時間ゼロ」というニュースを受けて、本を届ける工夫を実例を挙げながら紹介して来た。
今回は、特に10代に焦点を当てた施策について、出版社のプロモーション部長という立場から、日頃はあまり語られることの無い本の世界の一面をご紹介したい。
10代、20代向けの施策として直近の事例では、人気ロックバンド、クリープハイプの尾崎世界観さんの事例がある。
尾崎さんは2016年に初の小説『祐介』を発表。渋谷のタワーレコードで行なったサイン会では、コンサート会場よりはるかに間近に本人と会い、会話をすることができた。
泣き出すファンが続出し、サインを貰ったあとも舞台を遠巻きにしてなかなか立ち去ろうとしなかった。
音楽のファン層と書籍の購入者の割合は必ずしも一致するわけではないが、『苦汁100%』購入者の年齢性別は、圧倒的に女性、しかも10代、20代の割合が大きい(日販WIN+)。

40代女性の比率が高くなっているが、これは10代女性の母親が多く含まれていると考えるほうが妥当だろう。
そんな尾崎さんの『苦汁100%』に続く2冊目のエッセイ『苦汁200%』が今年3月に発売になった。この本は、DMM TELLERとのコラボの話が進んでいた。
DMM TELLERは10代から20代を中心にダウンロード数230万を超えるチャット型小説アプリで、尾崎さんの小説をチャット形式に整形して、発売の1週間前から順次公開していった。
あわせて行なったサイン本プレゼントにも驚くほど多数の応募があり、普段ならリーチ出来ないストーリー好きの若い読者に本の話題を届けることができた。
文藝春秋のような老舗出版社がこのような取り組みをしていることがまたニュースになる。プレスリリースを打って話題の拡散につとめた。
LINE LIVEやインスタでも発信
SEKAI NO OWARIのSaoriこと藤崎彩織さんの初小説『ふたご』についても、説明しておきたい。
昨年2017年10月に発売されたが、8月にはSaoriさんの第1子懐妊が発表されていた。母体の健康を考えると、本人稼働は極力抑えたい。
ご体調をギリギリまで見据え、11月に三省堂書店で50名限定のトーク&サイン会を設定。かなり慌ただしい開催になったが、あっという間に数百人規模の応募が集まった。メディアの取材も多く、多くの番組や記事で紹介された。

発売に合せて著者のメッセージ動画を制作してSNSで展開していた。
ただ、今回は10代と20代前半に特化してもう一押しが欲しい。
購入者の年齢分布も、10代が17.5%、その親世代でもある40代が25.5%、20代も12.7%と、少子高齢化といわれる時代の年齢構成割合にくらべて明らかに大きなボリュームを形成していた。
そこで、新たにスマホ用の縦型動画を撮影させてもらい、LINE LIVEで動画広告を展開した。カリスマ的な人気の著者が、目の前数十センチの場所から直接語りかけてくれるのだ。
Twitter上では、驚きの声とともに、わざわざスクリーンショットを撮ってUPする人も相次いで、確かな手応えがあった。
12月に直木賞候補作に選出されて話題が広がった。年末に向けてもう一押ししたいが、10代には直木賞はあまり響かないかも知れない。
そこで、今度はInstagramのストーリーズで動画展開を行なった。クリスマス、大晦日、元旦はSNSでのやりとりが盛り上がる時期。そのまま、お年玉を握りしめて書店に行ってもらいたい。
ネット広告では、用意した素材と設定したターゲットの相性が良いと、より安い単価でより多くのリーチを稼ぐことが出来る。
Instagramの施策は、数々の案件をともにしてきた広告代理店の担当者も驚くほど費用対効果の高い仕上がりとなった。
「冬休みが明けて学校が始まると、さらに売行きが伸びている。休み中に読んだ学生が話題しているようだ」
そんな話を聞いて施策が間違っていなかったことを確信した。
出版社だけでは、こうした仕掛けは成功しない。『苦汁200%』『ふたご』のいずれも、事務所とレコード会社に多大なご協力を頂いたことも大きかった。