あらゆるものを資産化する「メルカリ経済圏」のポテンシャル

日本発のルールにこそ活路はある
田中 道昭 プロフィール

メルカリが生む「新しい消費者」

ここまで見てきたようにメルカリのサービスは既存ファッション界に留まらず、すべての産業に影響するインパクトを持っている。クローゼットやタンスに眠っていた個人のストックが解放され流通を始め、消費者の買い物を変えようとしている。

見逃せないのは、こうしたメルカリのサービスが人々の働き方にまで影響を及ぼし、ライフスタイルの根幹まで変えてしまおうとしていることだ。

昨年、メルカリに出品されたトイレットペーパーの芯が話題になった。一見、何の用途もなさそうに見えるが、これが何十本と同時に出品されると小学生の工作の材料という用途が生まれ、新たなバリューが見出された。

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メルカリはこれまで全く価値のつかなかったものでさえ、新たな評価とそれに基づく「資産化」を可能にしたのである。

またメルカリには手作りのアクセサリーやトートバッグも出品されているが、間もなく「teacha」と呼ばれるサービスも開始され、料理や漫才、映画解説などありとあらゆる個人の「スキル」がお金に換えられるようになる。

 

こうしたメルカリのサービスを利用して生まれるのは「プロセルシューマー」(これは筆者の造語である)と呼ばれる消費者である。

1980年、情報革命による社会構造の変化を予想した『第三の波』で、アルビン・トフラーが指摘したのは、生産者(プロデューサー)と消費者(コンシュマー)が融合する「プロシューマー」の出現だった。

トフラーの言う「プロシューマー」の概念は、生産の主体は企業にあり、個人が企業の生産企画に参画して、新たな商品を生み出す消費者というものだったが、メルカリはこの「プロシューマー」を自らモノを生産する消費者という概念に進化させようとしている。

さらにC2Cプラットフォームであるメルカリは、モノを販売する多数の「セル(sell)シューマー」を登場させたが、いまや「プロシューマー」であり「セルシューマー」でもある、自ら生産し自ら販売する「プロセルシューマー」をも生み出したのだ。

やがて様々な制約からこれまでパートに行くことしかできなかった主婦がメルカリで「プロセルシューマー」としてそれ以上の利益を上げるようになるかもしれない。創意工夫次第で、メルカリでひと財産を築く人も現れるだろう。

「メルカリ経済圏」に必要なもの

メルカリ創業者の山田会長は常日頃、「インターネットは本来、一人ひとりにエンパワーメントを与えるもの」と強調しているが、この言葉にメルカリの重要な特徴が見いだせる。

アマゾンは人々の生活上の利便性を向上させているだけだが、個人同士が売買を自由にできる環境を提供しているメルカリは、その利便性だけでなく個人の生きる力も同時に引き上げている。

またメルカリは日本が抱える社会問題についても、その解の一端を示しているように筆者には感じられる。

日本は人口減少、少子高齢化を抱えた社会問題先進国だ。人手不足の一方で、介護離職者は後を絶たず、社会保障制度は悲鳴を上げている。将来不安が増して、人々は日々の生活をより効率的に、経済的に運営することを求めている。そのニーズを満たしているのがメルカリだと考えれば、メルカリのフリマアプリが心強い存在に見えてはこないだろうか。

個人の生きる力を後押しするメルカリのビジネスは、多くの国で受け入れられる可能性がある。それが実現したときにアマゾン経済圏やアリババ経済圏に対抗するメルカリ経済圏が出現するのである。

アマゾンの進出は日本のファッション市場に大きな変化をもたらすだろうが、日本企業は米中プラットフォーム企業のゲームのルールにのって「追いつけ追い越せ」の競争を繰り広げても、消耗戦を強いられるだけだ。

むしろ日本は日本発のモデルを作り出し、日本発のルールを構築することに活路を見出すべきだろう。その道を力強く歩んでいるのがメルカリだと筆者は見据えている。

そして筆者は、メルカリには経済圏の拡大自体を目的化するのではなく、一人ひとりが自分らしさを活かして新たな価値を生み出せる社会の象徴になってほしいと願っている。

なぜなら、その点こそが、逆説的ではあるが、メルカリが「アマゾン経済圏vs.アリババ経済圏」を凌駕するポイントになると思うからである。

2018年、アマゾン、スタートトゥデイ、メルカリによって引き起こされる日本のファッション界の変化は、10年後、20年後の社会へとつながる大きな転換点となることだろう。この攻防から決して目を離してはならない。