忘れられない「あるゲイの死」もしカミングアウトされたときは…?

一橋大学事件から何が変わったのか
砂川 秀樹 プロフィール

今や日本でも定着している「カミングアウト」は、今は、自分が「隠していたこと」を誰かに話すという広い意味で使われるが、もともとは、自ら自分の性的指向や性自認を言うことを指す言葉だった。

アウティングという表現はそこから来ている。自分の性的指向や性自認を周囲に言わないことを、米国では、「クローゼット(押入れ)にいる」という言葉で表現したりする。

そこから出ることがカミングアウトなのだが、アウティングとは、そこから乱暴に放り出されるイメージと言ってもいいだろう。

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アウティングに関する取り組みの始まり

この事件の衝撃の大きさは、今年4月1日に、(一橋大学のある)国立市が、アウティングの禁止を含む「国立市女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例」を施行したことや、筑波大学が昨年作成したLGBT等に関する「基本理念とガイドライン」を今年改訂する中でアウティングに関する項目を増やしたことに現れている。

国立市の条例では、基本理念として「性的指向、性自認等に関する公表の自由か個人の権利として保障されること」が謳われている。

その上で、条文で「何人も、性的指向、性自認等の公表に関して、いかなる場合も、強制し、 若しくは禁止し、又は本人の意に反して公にしてはならない」と記されている。

 

筑波大学のガイドラインでは、「故意や悪意によるアウティングに対して、本学はハラスメントとして対処」することを明記しているだけでなく、「カミングアウトが必要なときには」「カミングアウトされたときには」という項目が立てられている。

そして、それぞれについて考えるための「ツールボックス」に詳細な説明があり、さらに自分の考えを整理できる、学内の者が利用できるワークシートも用意されている。

国立市の条例では、明確にカミングアウトすることを権利として認めた上で、アウティングを禁止していることが素晴らしいと思うし、また、筑波大学の、丁寧につくられたガイドラインは、今後、大学などでの一つのモデルとなりうるものだと私は考えている。

しかし、こうした条例やガイドラインに関して、あるいは「アウティング」を注意するような言葉に、「新しく考えるべきこと、配慮すべきことが増えて面倒、窮屈」と感じたり、「なぜ、LGBTなど性的マイノリティに『特別な配慮』をしなくてはいけないのか」と思ったりする人もいることだろう。