私が見た「腕はいいんだがクセがすごすぎる天才外科医たち」

覆面ドクターのないしょ話 第13回
佐々木 次郎 プロフィール

「おまえ、まさかMなの?」「いえ……」

【変人画家 ドクターW】

ドクターWは、芸術のような繊細な手術が得意だった。色白で育ちの良さそうな坊ちゃん風の容貌。だが、会話の度に目立つのは、彼のネガティブさ。「でも」「だけど」が口癖で、人に感謝なんかしたことがない。

ドクターWは常にネガティブだったが、彼がポジティブになる時間があった。それは食事の時間である。彼は大食漢だった。

「僕は必ず1日3食しっかり食べます」

 

それは当たり前だろう。いや、彼の言う1日3食とは意味が異なる。手術で忙しすぎて、昼食が食べられなければ、次に食べるのは夕食だ。だがドクターW の場合は違う。その日の2度目の食事が19時であっても20時であっても、それは昼食なのだ。そして自宅に帰ったのが24時を過ぎていても夕食を食べる。デザートもちゃんと食べる。

これがドクターWのいう1日3食で、ガッツリ3食必ず食べた。この結果、白衣のボタンが閉まらない完全なメタボ体型になってしまった。

さらに彼は美食家で、ジビエとイタリアンが大好物だった。熊だろうと猪だろうと、ムシャムシャ食べた。イタリアン・レストランには頻繁に通った。彼の特徴は、メニューにない料理をわざと注文するという性格の悪さ。しかも、ピザの生地は紙みたいに薄くないと許せない。お店では意地悪そうにこう言うのだ。

「これのどこがピザなんですか?」

ドクターWには手術以外にも特技があった。彼は絵が非常に上手だったのである。私たち外科医は手術録を書く際に、簡単な絵も添えるようにしている。

ドクターWの絵の問題点は、上手過ぎてかえってキモいことだった。特に会陰部の手術の記録を書かせると、肛門の皺や周りの陰毛まで描くこだわりよう。だから仕上がりが週刊エロ漫画みたいになってしまう。きっと人生の3分の2はいやらしいことを考えてきたのかもしれない。

さらに彼は、変人外科医のご多分に漏れず解剖が大好きだった。海外旅行に行くと、観光なんかしない。

パリ・ロンドン・ローマなどの有名大学医学部の解剖学教室を訪れ、人体標本をスケッチしてくる。その解剖スケッチを年賀状にプリントして、「イタリア行ってきました!」などと新年の挨拶にする。年賀状を受け取った人は複雑な気持ちでこう叫ぶ。

「新年早々、気持ち悪ぃんだよ!」 

彼は我慢強いことでも有名だった。先輩の厳しい指導にも柳に風のごとくヘラヘラとして、くじけることがなかった。病棟では看護師さんたちから、「気持ち悪い」「ヘンタイ」と言われていたが、言われてくじけるような彼ではなかった。

「おまえ、大丈夫か? 看護師さんたちの言うことは気にするなよ」
「気にするなんて……フフフ……まさか」
「えっ? おまえ、まさかMなの?」
「いや……ドMです」

ま、まさかね……(photo by istock)

 

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