私が見た「腕はいいんだがクセがすごすぎる天才外科医たち」

覆面ドクターのないしょ話 第13回
佐々木 次郎 プロフィール

巨人の敗戦をすべてスタッフのせいにする名医

【瞬間湯沸かし器の熱烈G党 A教授】

手術前日のプロ野球で、読売ジャイアンツが負けた。医局長は思わず独り言をつぶやいた。

「明日のオペは荒れるぞ」

ジャイアンツが負けた翌日、苦虫を噛み潰したような顔をして、A教授がやって来た。手術の最初から事件は起きた。A教授が神聖な面持ちで告げた。

「手術を始めます。はさみ」

えっ!? 最初は「メス」ですよね? 誰もがそう思った。だが、教授の命令は絶対である。介助の看護師さんは言われた通りにした。

「はさみです」

みるみるうちにA教授が鬼の形相に!

「なんじゃこりゃ! 僕ははさみなんて言ってないっ!」
「失礼しました」
「次っ! ハンマー(実は『ノミ』と言ったつもり)」
「ハンマーです」
「なんじゃこりゃ! 君は一体何を聞いてたんだっ!」

 

自分が悪いのに、勝手に怒りは瞬時に沸点に達し、A教授ははさみもハンマーもぶん投げてしまった。

「君みたいな人がいるからジャイアンツが負けるんだよ!」

怒りはまだおさまらない。

A教授は助手に向かって怒り出した。

「うるさい!」
「何もしゃべってませんが……」
「君の……君のその息がうるさいんだよ!」
「気をつけます」
「まだうるさい」
「息止めてます」(止めてないけど)
「君のね……君の心臓の鼓動がうるさいんだよ。」

どうすりゃいいの? 心臓を止めろっていうの?

A教授の後方では、学生が手を後ろに組んで見学していた。手を前に出すと、滅菌した器具に触ってしまうので、迷惑をかけまいと予防的に手を後ろに組んでいたのだ。

「君、何やってる!」
「な、何もしてませんが……」

「その軍人みたいな格好やめなさい! 君が軍人みたいな格好するからジャイアンツが負けるんだよ!」

そういえば最近熱狂的な巨人ファンというのは減ったような(photo by istock)

教授が荒れていると聞いた医局長が諌めにやって来た。

「教授、落ち着いてください」
「この人たちがイライラさせるんだよ」
「彼らは悪くありませんよ。悪いのは長嶋や王じゃないですか」
「えーい! 君たちがそんなだから、長嶋も王も打てないんだ!」

※長嶋、王の現役時代といえば、40年以上前のことですね。この話は、尊敬する先輩の若い頃の経験談です。

【敬語を使わないチャラ男 ドクターT】 

人事異動で今日から私の部下になったT先生。過去に彼といっしょに仕事をしたことも言葉を交わしたこともなかった。

第一印象は……チャラい! チャラ過ぎる! 日に焼けた甘いマスクに、肩まで伸びた長い髪。出で立ちはデザイナーブランドのシャツにジーンズ。ノリが軽く、語尾に「~じゃね?」が付く。オリエンタルラジオの藤森が診察室で患者さんを診ているという感じだった。後輩なので以後、Tと呼び捨てにする。

午前中の外来診療では、前任から引き継いだ老紳士を診察していた。患者さんは70代、Tは20代である。

「先生、今度いつ来ればいいでしょうか?」
「来週でいいんじゃね? じいちゃん、来週来れる?」
「来週はちょっと……」
「あっそ。ふ~ん、じゃいいや」

チョー上から目線! おまえ、何歳なんだよ!

午後、私は初めてTといっしょに手術をした。その日の手術は良性腫瘍を摘出する手術だった。腫瘍の手術というものは、最初からすべてが見えるわけではない。丁寧に剥離・切開していき、やっと全貌が明らかになるのである。

その日の手術も丁寧に剥離・切開を行ったが、なかなか腫瘍の全体像がつかめず、我慢の連続だった。だが、次の切開を加えた瞬間、ぱーっと術野が開いて、腫瘍の全体が見渡せるようになり、事態が好転した。手術室全体がほっとした空気に包まれたその直後、初対面の私に向かってTはこう言った。

「いいね、ジロちゃん」

なにぃ! 「いいね、ジロちゃん」だとーっ!?

「おいっ、T! 俺とおまえ、歳が10歳以上離れてんだぞ。敬語使えよ! 敬語っ!」
「あ、ごめんごめん。でも、今のジロちゃんの手技、マジリスペクトだわ。ボク、親しみ感じると、タメ口になっちゃうんだよねぇ。マジ本当っ! その証拠に、ボクが大っ嫌いなあの女医さんには、ちゃんと敬語使ってるでしょ! アザス!」

こいつ!と思って、質問攻めにすると、新人にもかかわらず答えによどみがない。なんと95%は正解だった。彼も天才外科医の卵だったのである。