医療ドラマにはしばしば孤高の天才外科医が登場する。つき合いにくそうな孤独を好むタイプが多いが、人間的には魅力ある人たちばかりだ。
では、現実の医療現場ではどうか。確かに天才外科医は存在する。だが、魅力的というよりは、相当な奇人変人が多い気がする。
そこで、今回は、私の周りにいた変人外科医をかいつまんで御紹介いたします。
【ドクター・オイニー】
ある日のこと。誰もいない外来ブースに行くと、異様なにおいがした。
「この部屋、何か臭くない?」
「あっ、さっきまでドクター・オイニーがいました」
そうだ、と思い出したように、看護師さんが慌しく消臭剤を噴霧した。
かつて私の勤務した病院に、ドクター・オイニーと呼ばれた医者がいた。
「におい」をもじった異名の通り、臭い外科医だった。フケだらけのボサボサ頭に、くしゃくしゃの手術着を着て、裸足にサンダル履きのまま、いつもお腹をポリポリ掻いていた。彼は三年寝太郎のようにめったに風呂に入らず、その体からは、ワキガと足の臭さが混り合った複雑なアロマが漂っていた。
病院には投書箱があり、1階入り口付近に利用者からの投書が張り出される。苦情のワースト1位はドクター・オイニーに関するものだった。
「あの先生の足、絶対水虫です!」
「サンダル禁止にしてください!」
「病院でお風呂に入れてあげて!」
ドクター・オイニーは苦情ワースト1位だったにもかかわらず、一部の患者さんに根強い人気があった。
なぜなら、ドクター・オイニーは外科医としての腕が抜群だったからである。手先が器用で、ミルクレープをハサミで1枚1枚生地を傷つけずに剥がすことができた。また、高野豆腐のようにプリンの周囲に糸を巻き、プリンを傷つけずに糸を縛ることができた。
においを我慢できる一部の患者さんだけが、彼の高度な医療の恩恵に浴することができたのである。
あるとき、彼が珍しく出席した宴会で、私は彼の隣の席に座ることになってしまった。
宴会場に入り指定された席に近づくと、なにやらツーンとくるにおいが漂っていた。それまで彼の半径1メートル以内に近づいたことはなかったが、覚悟を決め、席についた。
「うっ……」
覚悟をしたはずが、においは、即刻席を立って逃げ出したくなるほどのきつさだった。必死にしかめっ面にならないように努め、浅く浅く口呼吸を続ける。
彼はコミュニケーションが苦手で、めったに人と口をきかなかった。だが、実は鉄っちゃん(鉄道マニア)で、反対の席の同僚と電車の話をしていた私に興味をもったらしい。何か話しかけようとしてモジモジしていた。近づいてほしくなかったのだが、複雑なアロマが私の体を徐々に覆い始めていた。浅い呼吸を繰り返すのも限界に達し、だんだん息苦しくなってくる。
長い沈黙の末、彼がすーっと私の方に体を寄せてきた。そして、投げかけた言葉は……?
「さ、佐々木先生……ひ、秘境駅の定義って言えますか?」
呆然とした私は、大きく鼻から息を吸ってしまい、鼻腔への強い刺激で一瞬気を失いそうになってしまった。
これが、私の身近にいた孤高の天才外科医の現実の姿でした。
では、もう少しまともな変人外科医を御紹介します。