習近平の「貿易に関する4つの約束」を世界が信用しないワケ

自由貿易を破壊するかも、という懸念が
津上 俊哉 プロフィール

日米貿易摩擦の頃の日本はどうだったか

話は変わるが、最近中国のメディアやら中国で開かれる会議で「曾ての日米貿易紛争の経験を聞かせてほしい」とよく言われる。もちろん目下の米中貿易紛争の参考にするためだ。

1980年代の日本経済は、いまでは想像しにくいほど強かった。鉄鋼、家電、自動車、半導体……大袈裟に言うと、欧米の同業を蹴散らすような勢いがあった。

だから当時の日本の通商政策最大の仕事は「輸出自主規制」、つまり欧米企業との競争で「手加減」してやることだった。

筆者はそんな時代に役人としてFS-X共同開発問題(注2)に遭遇した。

連戦連勝だった日本経済にもまだ果たせぬ悲願は残っていた。日の丸戦闘機を「自主開発」することは、敗戦後1952年まで航空機産業の再開を禁止されていた日本の航空機業界、防衛庁、通産省ら「関係者」の悲願だった。

しかし米国の反発は強かった。日本は仕方なく自主開発を断念してF-16をベースにした日米FS-X共同開発を決断するのだが、そうしたら今度は、米議会から「日本が米国技術を盗もうとしている」として、もっと強い反発を受けた。

けっきょく共同開発計画は存続したが、条件交渉は蒸し返され、悉く日本に不利な形に改訂された。

もともとやりたくなかった共同開発を受け容れたら、今度は「技術を盗もうとしている」と誹られる……文字通りの「踏んだり蹴ったり」だった。

しかし、その「敗戦処理」をしながら感じたのは、「家電、自動車、半導体、ハイテク戦闘機……日本はどこまで米国経済を追い詰めれば気が済むのか!?」とでもいった、不安がないまぜになった米国の怒りの大きさ、切実さだった。

この事件が起きた頃を境に、日本はターゲティング型産業政策を止めた。それは1985年プラザ合意以降の円高、それを防ぐために行った、行き過ぎた金融緩和がもたらしたバブルとその崩壊などによって、日本経済の力が大きく削がれたことが一因だ。

同時に、日本が「先進国に追いつけ追い越せ」というキャッチアップ型のメンタリティを卒業したことも、もう1つの原因だったと思う。

世界の一線に追いついたことで、それまでの「憑き物が落ちた」感じもあったし、「世界の一線に追いついた後は、何を目標にするのか」の絵を日本が描いていなかったことによる「目標喪失」もあった。

 

さらに、これ以上重商主義的な産業政策を続ければ、世界で除け者にされるという不安感もあった。

注2)FS-X(次期対地支援戦闘機)はその後共同開発が終わり、F-2として配備されている。この問題の経緯についてはwikipediaの「F-2 (航空機)」の項参照。

「世界一」じゃなきゃダメですか?

という訳で、戦後日本の「坂の上の雲Ⅱ」は「世界の一線に追いつく」ところで行き止まりだったが、中国の道はその先、米国を抜いて世界一の国になるところまで続いているようだ。

昨年10月習近平が共産党大会で明らかにした新しいロードマップ、「社会主義現代化強国」を目指した「三歩走」(注3)は、新中国建国百周年を迎える今世紀半ばに、GDPはもとより軍事力やソフトパワーでも米国を凌ぐ「世界一の国になる」というマニフェストだ。

そうすることで初めて「中華民族の偉大な復興」が達成される……言葉を換えれば、世界一の帝国だった清朝の栄華のレベルに復帰するところまで行って初めて、中華民族が近代に味わった屈辱の歴史を清算することができるという考え方だ。

しかし筆者はこのマニフェストを読んで、2つの違和感を覚えた。

1つは、普通の中国人は「世界一への復帰」にそれほどこだわっているか? だ。そりゃ祖国が出世するのは誰でも嬉しい。しかし、それは「何が何でも」という話か、普通の中国人は「そのためには大きな代償を払うことも厭わない」とまで思い詰めているのか?

大方の中国人にとって、「近代の屈辱の清算」は、もういいところまで来ていると思う。日本でも世界でも、海外旅行に出た金持ち中国人は、既に十分尊重されているからだ(みんなそれで「良い気持ち」になれるからリピートするのだ)。

それでも習近平が世界一にこだわるのは、中国共産党の統治の正統性、必要性をそこに求めるからだろう。「民族の悲願」を達成するために、共産党がいまのかたちで統治を担い続ける必要があるという訳だ。

重商主義もそこから発している。

「世界一になるために」、電気自動車を、AIを、ターゲティング式に育成する必要がある。「悲願は未達だ」という気持ちがあるから、海外から受ける重商主義批判に対する後ろめたさも消える。

だが、こうしたやり方の功罪、得失は、どんな代償を払うことになるかを吟味しないと論じられないだろう。

注3)(1)2020年に「全面小康」達成、(2)2035年に「社会主義現代化を基本的に達成」、(3)21世紀半ばに「社会主義現代化強国」を実現するスリー・ステップ作戦。以前は21世紀半ばに達成する目標だった(2)を15年繰り上げ、空いた隙間の2035~2050の間に達成しようとする(3)の「現代化強国」は、GDPで米国を抜くだけでなく、軍事力やソフトパワーでも米国を凌ぐ国になるという野心を秘めたものに思える。