母が自殺…天涯孤独の男子生徒を教師全員で支えた、とある学校の物語

県立「再チャレンジ高校」の物語——①
「苦しい生徒を支えていく。オレたち教師が全力で。」——困難な事情を抱える生徒たちを支援する実在の高校を約4年にわたって取材した、ノンフィクション作家・黒川祥子氏による『県立! 再チャレンジ高校 生徒が人生をやり直せる学校』。様々な課題に直面しながら、生徒たちを自立に導くため模索を続ける教職員たち。その奮闘の一端をご紹介する。

はじめに——「再チャレンジスクール」始動

貧困、生活保護、虐待、ひとり親──生きることさえままならない、多くの課題を抱えた子どもたち。

そんな子どもたちに、居場所と希望を与える学校がある。

某県に実在する県立槙尾高等学校(仮名)は、県の教育委員会の方針により、地域の「さまざまな問題を抱えた」生徒たちの受け皿としての役割を担うこととなった。

かつてはいわゆる「底辺校」「課題集中校」「教育困難校」と呼ばれていた高校で、教職員たちが文字どおり全力で、身体を張って、命を懸けて生徒たちを懸命に支え続ける。

それはもちろん綺麗事ではない。時には深刻な葛藤や軋轢、時には暴力沙汰も引き起こす。

様々な困難を抱える生徒たちに、どうすれば夢と希望を与え、生活と学習を支援し、卒業後の人生を形作ることができるのか。

本記事では、突然の自殺により母を亡くした男子生徒と、天涯孤独の身となった彼を卒業まで一体となって支え続ける、教師たちの取り組みの一部を紹介する。

「先生、おかあさん、死んだって」

「先生、おかあさんが布団から出てこない。息してない」

夏休みが始まったばかりの頃だった。朝9時、体育教師、山本康平の携帯が鳴った。自分のクラスの川田陸からの電話だった。バドミントン部に所属していたが、体育会系とは程遠く、どこか頼りなげなところがある淡白な子だった。

「えっ? おまえ、息してないって、どういうこと? 」

「オレ、おかあさんが起きてこなくて、声をかけても返事しないから、部屋を開けたら……」

「おかあさん、息してないのか? 本当か? 川田、すぐに119番に電話だ。オレもすぐにそっちへ行くから。いいか、落ち着けよ」

車のハンドルを握る山本の脳裏に以前、陸が特別指導で謹慎になった時に家庭訪問をした光景が浮かぶ。母子家庭で母と2人暮らし、母はうつ病で仕事ができないという理由で、生活保護を受けていた。とはいえ、3DKの県営住宅は荒れている様子はまったくなく、こざっぱりと住んでいた。

40代半ばの母は自分の健康がすぐれないため、陸に母親らしいことができていないとひどく自分を責めていた。それが陸には鬱陶しくて仕方がない。以前から、こんな話を陸はよく山本に話した。

「先生、昨日、おかあさんとやりあっちゃった。バイトからオレが帰るのが遅いってごちゃごちゃ言われて、それでケンカになっちゃった」

陸は母親が重くて仕方がない。母は息子に何もできない負い目から息子にすがる。2〜3回、家庭訪問をしたが、山本にはこの空間で二人だけで暮らすのは、お互いにとって難しいことのように思われた。やがて、彼女ができた陸は、できるだけ家に帰るのを遅らせようとした。家にいたくなかったからだった。そんな矢先の出来事だった。

 

搬送先の病院に山本が駆けつけると、陸は一人、呆然と廊下のベンチに座っていた。山本を見た瞬間、陸は何かホッとしたような、すがるような表情を見せた。途端に、陸の眼から涙が滴り落ちた。

「先生、おかあさん、死んだって、さっき、お医者さんが言った。なんか、警察の人も来てる」

山本には言葉もない。

「そっか、そうなんだな」

「先生、おかあさん、前の日の夜、あり得ないぐらいの薬、飲んでた」

「そっか、そうだったのか」

自分が処方されている睡眠薬を大量に飲んだ、服薬自殺だった。

山本は泣きじゃくる陸の肩を抱き寄せる。

昨晩一体、何があったのか。山本は探りながら陸に問いかける。

「なんで? どうして、おかあさん、薬を飲んじゃったの? 」

「先生、オレ、おかあさんとその前にケンカしちゃった。それでおかあさんはおかあさんの部屋、オレはオレの部屋にいて、そしたら隣の部屋のおかあさんからメールが来た」

「なんて、メールだった? 」

「『ごめんね。私はあなたに何もできなくて。いつもこうなって、こんなふうにケンカをして。私がいなくなれば、あなたに迷惑をかけることはないよね。ごめんね』って……」

「それでおまえ、どうしたの? 」

「そのままにしてた。オレ、彼女とずっとメールしてた」

襖一枚隔てた隣の部屋で、その時、母親は覚悟を決めたのだ。それが息子にどんな残酷なダメージを与えるのかに思い至る余裕すらなく。