確信犯を落とせ! オウムを取り調べた「傍流検事」の知られざる過去

傍流検事~麻原逮捕までの57日
竹内 明 プロフィール

修羅場を潜った公安検事の迫力に若手検事たちは圧倒された。検事たちはオウムが出版している本を買い漁って、オウムの教義や思考回路を頭に叩き込んで取り調べに臨むようになった。

だが、甲斐中の理論を一朝一夕に実行できる検事は少なかった。ほとんどが被疑者の黙秘に苦しんだ。検事のほうにしてみれば、目の前に座る被疑者が他にどんな罪を犯したのか、手がかりはまったくない。ぶつける材料すらないまま、新たな自供を引き出せと言われているのだから無理もない。

 

検事の中には我慢できずに被疑者に怒鳴り声を張り上げ、怒りをぶつける者もいた。甲斐中の言った通り、被疑者はいっそう固くなった。

主任検事の鈴木和宏は、自供を引き出せない検事を呼び、甲斐中の理論を咀嚼して伝えた。鈴木は机に指で線を引きながら、こういった。

「ある人物がひとつの最終到達点に向かって進もうとする。でもスタートするとき、その方角がわずか5度、間違えていた。最終到達点が遠ければ遠いほど、大幅に違うところにたどり着いてしまう。オウムの連中というのは、最初に進むべき角度が間違っただけなんだ。もともと善良な人間だと認めて、彼らの生き様に共感しながら調べるんだ」

甲斐中はこの頃、最高検のある幹部から、こう警告された。

「君たちは現場に『徹底的に自白を取れ』と言っているようだが、問題(検事暴行事件)も起きたばかりなんだから、少し注意したほうがいい」

特捜部で検事が取り調べ相手に暴力を振るう事件が発覚したばかりだった。自白を取るよう現場の検事に指示すれば、また問題が再発する。そんな心配をしていたのだ。

甲斐中は反論した。

「検事が自白を目指すのは当たり前です。方法論抜きで結果を出せというから、検事がむちゃな取り調べをするようになるんです。自白をしないからと言って、私は検事を責めることはない。結果より過程を重視して、一生懸命被疑者に向き合うことが大事なんです」

突出した正義感をふりかざす上司が、取調官に無理を要求して追い詰める。それが人間性を否定するような取り調べに走る原因だ。特捜部の問題は過剰な精神主義だ。若い検事たちに既存の方法論を忘れさせ、教育によって確信犯の取り調べ法を徹底的に叩き込む。甲斐中には最強の捜査組織を作るための、明確な戦略があった。

だが、次のテロへのタイムリミットが迫っていた。

『国松長官の次は自分が狙われるのではないか――』

こんな恐怖に支配される警察幹部も現れたのだ。検事たちが取調室でもがき苦しむ中、捜査に再び暗雲が漂い始めた。

(第3回につづく)

竹内明氏が描く、公安警察と工作員たちの死闘!
「背乗り」シリーズ

[書影]竹内明氏『イリーガル 非公然工作員』

官僚組織の頂点に立つ内閣官房副長官が、孫の運動会の最中、何者かに狙撃された。一方ニューヨークでは、北朝鮮の外交官が突如日本への亡命を求める。保護するよう密命を受けたのは、元警視庁公安部外事二課の筒見慶太郎だった。日本政府中枢に潜む巨大な"影"に迫るシリーズ第2作!

[書影]竹内明『スリーパー』

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