確信犯を落とせ! オウムを取り調べた「傍流検事」の知られざる過去

傍流検事~麻原逮捕までの57日
竹内 明 プロフィール

特攻帰りの刑事

甲斐中に与えられた時間は二拘留、20日間だけだった。3月25日には次の赴任地である岡山地検に着任しなければならなかった。それまでに自白を録らねばならないが、県警側の取り調べがうまくない。

県警チームは長野県警が誇る最強コンビという触れ込みだった。主任の取調官は警備部の警部補だった。だが実際には、事件経験のない公安捜査員で、いわゆる「情報屋」だった。もう一人は刑事部捜査二課の汚職担当の巡査部長で、取り調べには慣れていたが、取り調べの立会いの役割だった。

 

県警の取り調べの間、甲斐中は上田警察署の署長室でストーブにあたって茶を飲みながら、署長や署幹部と雑談を続けた。情報収集のためだ。

「署長さん、どなたか取り調べのうまい警察官はいませんかね?」

ある日、甲斐中が聞くと、署長はこう言った。

「実は私が目をかけている奴がいるんだよ。泥棒担当の刑事だが、特攻隊帰りでね……」

甲斐中が署長に紹介されて会ったのは、上田署刑事課に所属する40歳代後半の巡査部長だった。盗犯担当というベテラン刑事は本部勤務経験もなく、人工衛星のように長野県内の所轄をぐるぐると回る、出世とは無縁の経歴だった。戦時中は陸軍飛行戦隊に所属、戦闘機でサイパンや沖縄へ出撃したが、生きて終戦を迎えたという男だった。

男の名は勝俣光男といった。甲斐中は20歳近く年配の勝俣巡査部長と会った。戦闘機に乗っていた戦時中の話、そして警察官に転じてからの人生を聞き出した。淡々と語る勝俣の迫力に痺れた。

『……この男は本物だ。特攻隊でぎりぎりの状況下で生き延びて、再び国民を守ろうと警察官になっている。一度は国のために死のうとした人間の強みがある……』

甲斐中検事は上田署長と勝俣巡査部長に頭を下げ、こう言った。

「是非、取り調べに加わって頂きたい。勝俣さんなら吉野を割れる気がするんです」

勝俣はこう答えた。

「俺は泥棒担当の刑事だ。公安事件なんて知らないぞ」
「刑事も公安も関係ありません。連合赤軍の連中も命を捨てても構わないと思って事件を起こしています。彼らの良いところも悪いところも理解している人間じゃないと割れません。私はあなたなら出来ると思うんです」

「特攻隊帰り」なら連合赤軍の活動家たちの心理を理解できるはずだ。彼らの深層に自己を重ね合わせることが出来る取調官でないと、自供を引き出すことは不可能だ。甲斐中はこう信じていた。

甲斐中の要望で、吉野雅邦の取り調べ班は3班体制になった。甲斐中が取り調べた後、勝俣が引き継いで取り調べ、最後に従来からの県警チームが取り調べるという順番だった。県警本部のメンツを潰さない苦渋の選択だった。

「印旛沼事件」で吉野は、脱走メンバー二人の処刑に関わっていたという情報があった。だが、頑として口を割らないので、遺体の発見すら不可能だった。このままでは迷宮入りとなってしまう。

甲斐中の取り調べで吉野の鎧を脱がせ、続いて勝俣が己の生き様を吉野にぶつけた。二人は、頭ごなしに連合赤軍の思想を否定することはしなかった。

吉野には弱点があった。ともに活動に参加した妊娠中の恋人も山岳アジトで繰り広げられた「総括」で殺害されていた。しかも吉野はこの女性を縛るなど、殺害行為に加わっていたのだ。

甲斐中は勝俣に、過激派の取り調べのノウハウを徹底的に教え込んだ。深夜まで徹底的に刷り合わせ作戦を練るうちに、若い検事と老練な刑事との間に強固な信頼関係が芽生えた。

拘置期限満期が接近したある日、勝俣が殺害された恋人の胎児の写真を持って取り調べに臨んだ。

「これがお前さんの子供の写真だ。お前も人の親の気持ちがわかっただろう。殺された二人を親御さんのもとに帰してやってくれないか……」

黙秘を続けていた吉野はこの一言で落ちた。印旛沼事件を全て自供したのだ。千葉県の印旛沼近くの現場で吉野が指定した場所を掘ると、二人の遺体が見つかった。

甲斐中が睨んだとおり、勝俣巡査部長は見事に吉野を陥落させた。かつて特攻隊として命を賭して出撃し、生き残って終戦を迎えた男が、命懸けで国を変えようとして殺人集団に身をおいた一人の男から真実を引き出したのである。

「割り屋」

甲斐中はオウム捜査の応援にやってきた検事にこう語った。

「オウムの信者は来世があるから死んでも構わないという連中だ。その中でも、逮捕された被疑者はヴァジラヤーナの教えを盲信していて、サリンで一般市民を殺すのが正しい行為だと信じている。『お前は人殺しだ』なんて怒鳴って、人格否定しても、かえって確信を強めるだけだ。

まずヴァジラヤーナの教えを勉強して、奴らの世界に入り込め。彼らの行為のどこがどのようにおかしいのか、小さなほころびを解きほぐして、間違いを悟らせるんだ。怒鳴るのは無意味だぞ」

オウムの被疑者は罪の意識など、まったく感じておらず、自分たちがおかした行為は正しいことだと信じきっている。地位からの転落を恐れる人間でもないのだから、プライドを叩き潰すような、特捜部的手法は通用しないと、甲斐中は諭した。

[写真]教祖・麻原彰晃こと松本智津夫に従ってインドを訪れたオウム信者たち(Photo by GettyImages)教祖・麻原彰晃こと松本智津夫に従ってインドを訪れたオウム信者たち(Photo by GettyImages)

当時、特捜部には、部屋の電気を消して暗闇で被疑者や参考人を怒鳴りつけたり、壁に向かって立たせて罵声を浴びせるなど、異常な取り調べ手法も横行していた。甲斐中はこんな特捜部的手法を根本から否定したのだ。

甲斐中はこんな「刃」を被疑者の喉下に突きつけろ、と指示した。

<……罪のない人を殺す行為がなぜ救済になるのか。なぜOLやサラリーマンたちが苦しんで死ななければならなかったのか。君たちが信じる教えを、亡くなった人、嘆き悲しむ遺族に、わかりやすく説明しろ。それが君に出来るのか!>