麻原彰晃の魂は「転生」して生き残るのか

「神秘」が再び蔓延する社会で
島田 裕巳 プロフィール

目前に迫った麻原の死刑執行

スピリチュアルな方向へ日本社会が傾斜していくなかで、麻原をはじめ、数々の犯罪によって死刑判決が確定しているオウム真理教の幹部たちの死刑が執行されるのではないかと言われるようになってきた。

具体的には、3月中旬に、7名の死刑囚が東京拘置所から各地の死刑執行設備のある拘置所に移送されたことがきっかけだった。

法務省は、オウム真理教に関するすべての裁判が終了し、共犯者については分離するのが原則であり、それに従って移送を行ったと説明し、死刑執行との直接の関係は否定した。

しかし、死刑が確定している以上、どこかの時点で執行されるのは当然である。しかも、この事件では29名も死亡しており、社会の関心も強い。

一つ問題になるのが、首謀者とされた麻原の状況である。裁判においては、途中から意味不明な発言をくり返すようになり、最後はまったく沈黙するようになった。面会した家族に対しても、はっきりとした応答はしなくなっていった。

最近伝えられているところによれば、家族が面会に来ても、いっさい反応を示さず、面会は実現していないという。ただ、食事は自分でとるし、運動にも出ている。一日、部屋に坐ったままでいることが多いという。

麻原は、幼い頃から盲学校に通っており、将来において失明する恐れがあると想定されていた。実際、私が1990年暮れに初めて会ったときには、目はまったく見えていないように思えた。

そうした状態にある麻原だが、当局は、死刑執行は可能だという立場をとっているようだ。

となれば、来年には現在の天皇の退位と、新しい天皇の即位があり、再来年には東京オリンピックが控えている。その時期に死刑執行は難しいだろうから、今年の執行が現実味を帯びてくる。

 

教祖の死は殉教ではなく転生へ

ただ、教祖に対する死刑の執行となると、これは、今まで日本の歴史になかったことで、それがどのような影響を与えるかは未知数である。

しかも、オウム真理教は消滅したわけではなく、アレフや光の輪、さらには2014年頃には金沢にアレフからの分派も生まれている。

こうした集団の信者たちが、教祖の死に対していかなる反応を示すのか。当局が執行の判断を下す上で、この点も考慮されているようだ。

麻原や幹部の死刑が執行されたとき、残存する信者たちは国家権力をよりいっそう憎悪し、復讐するための行動に出るかもしれない。

あるいは、信者たちは麻原を殉教者としてとらえ、それによってよりいっそうの神格化が進むのではないか。そのようにも懸念されている。

しかし、これ以外にも、一つ考慮しなければならないことがある。それは、オウム真理教の宗教としての特質に関係する。

オウム真理教は、修行を重視する宗教団体であり、信者も修行が出来るということに魅力を感じてきた。その際の修行は、すでに述べたようにインドのヨガがもとになっている。

ただ、オウム真理教の場合には、ヨガの修行がチベット密教の教えと結びついているところに特徴がある。この教団は当初、ヨガの道場としてはじまったものの、チベット密教を取り入れることで宗教化していった。

チベット密教の宗教家として世界的に知られているのがダライ・ラマである。ダライ・ラマは、中国共産党によって国を追われたが、もともとはチベットにおける最高の宗教指導者であるとともに、政治的な権力者でもあった。

ダライ・ラマは、仏教の最高指導者である以上、生涯独身を守る。したがって、その地位が世襲によって受け継がれることはない。

ダライ・ラマが亡くなると、その魂は別の肉体に転生したと考えられ、転生した子どもを探すために国中に使者が送られる。使者は、それに該当すると思われる子どもに試験を行い、それによってダライ・ラマの後継者を決定する。

これに従うならば、麻原の死刑が執行された後、その魂は転生していく可能性がある。教団外部の人間には信じられないことだが、信者たちはそう考える可能性が高い。