32校で教壇に立ったから分かる「本当によい先生」の見分け方

じつは「宿題を出す先生」こそ要注意
須貝 誠 プロフィール

自作プリントで授業する先生は要注意

「教科書ってつまらない、よし教科書を使わないで教えよう、楽しい学習プリントを作って授業しよう!」と考える先生がいる。

私も、学習プリントを作っていた時代がある。勉強する内容を物語風、漫画風にして一人で学習プリントを自作した。授業中、子供達から「え-、何これ、算数なの?楽しい!」「ワハハハッ」と笑い声も聞こえた。

いよいよ、テスト。「子どもたち、よく笑っていたし、きっとよい点数に違いない」と期待しつつ、採点する。最初は、笑顔だった私の顔が曇る。○より×が多い。100点満点のテストで、平均点50~60点ぐらいだ。どこの学校、どのクラスでやっても、結果は同じ。

「教科書、ノートを使うなんて当たり前でしょ?」という声が聞こえる。いや、当たり前ではないのだ。

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教科書、ノートもなしで授業している学校もある。ノートを買わせてもいない学校もある。先生たちが授業用のプリントを自作するからだ。プリントに書き込ませる。

進学校の中学高校であれば、プリントでの授業もあり得るかもしれないが、今は、小学校の話だ。プリントでの授業で、子どもたちの学力が伸びないのは、当たり前だった。

教科書は何人もの先生が、何年もかけて知恵を出し合ってできる。一人の素人の先生が短時間でつくったプリントが、教科書に勝てるわけない。

教科書にも欠点はあるが、一人の教師が作ったプリントよりはよい。問題に使う数字一つにも意味がある。なぜ「5」でなく「3」なのか、どうして、この問題を出すのか、系統立てられている。

一般の先生たちが作るプリントには間違いが出る。間違いの訂正には、時間がかかる。何をどう訂正していいのか分からない子も出てくるからだ。

ノートに書かせるほうが子どもの力は伸びる。小学生にとって、プリントに書くのは難しい。書き込みの枠が狭いとはみ出す。文字の大きさのバランスがとれない。ノートであれば、罫線やマス目があるので文字のバランスはとれる。

たとえば、理科の実験後、ノートでまとめをする。レイアウトを子ども自身で考えるから、考える力もつく。あらかじめ、用意された型のあるプリントではできない。

以前はプリントを自作していた私も、教科書、ノートで授業するように変えた。子どもの学力は明らかに伸びる。テストで平均点が50~60点なんてことはなくなった。平均点80点近くになってきた。

自作プリントで授業する先生には要注意。教科書を使って授業する先生こそが、よい先生だ。

 

黒板に「めあて」なんて、いらない

私がTOSSでノウハウを学んだ授業をした(学ぶのはノウハウだけではないが)ときの話。5年生にした授業の冒頭で、「ノートに、言葉の終りが『い』か『しい』になる言葉を書きなさい」と言った。

黒板にも書かせた。「楽しい」「おいしい」「まずい」「ドンマイ」など、たくさん出てくる。出た言葉の下に、先生の名前をつけて読ませた。「楽しいA先生」「おいしいB先生」「まずい先生」「ドンマイ校長先生」となる。爆笑が起きる。遊びではない。形容詞を教えるためにした授業だ。形容詞の特徴が理解できる。形容詞でないものも分かる。みな、集中する。

これがもし、「形容詞を勉強しよう」という「めあて」を黒板に書いて始めたらつまらない。これだけで、集中できない子も出てくる。

一部の偉い人たちは、「めあて」を黒板に書くことを進める。「めあて」なんていらないのに! 何の勉強を始めるのか分からなくても平気だ。むしろ、いきなり始めた方が盛り上がる。集中する。子どもの頭の中にも残る。

最近は、附属小学校の教官でも「めあて」に批判的だ。「めあて」を書いたからと言って、子どもの学力が伸びるとは限らない。書かなくても伸びる。「めあて」書くと、何が始まるのというワクワク感もなくなる。

演劇だって、いきなり始まる。「何だ!何だ!何が起きるの?」と一瞬で、劇の中に引き込まれる。当然、「めあて」を観客に知らせることはない。

だから、「めあて」という形式にこだわる必要はないのだ。毎時間授業の最初を工夫し、子どもを引き付けている先生が良い先生だ。

以上、よい先生、悪い先生について見てきた。家庭でも、授業参観や公開授業などの日には、ぜひ、参考にしてほしい。私なりの「よい先生と悪い先生の見分け方」が少しでも役に立つようであれば、幸いである。