「ピロリ菌=悪玉菌」は証明されたか?いま本当に分かっていること

「除菌」は必要に応じて行うべきだ
美馬 達哉 プロフィール

「昔からの幼なじみ」のピロリ菌

ピロリ菌を持っている人ほど胃がんになる確率が高いとされている。

ただし、全員がそうなるわけではなく、大多数はピロリ菌と共存していて何も症状がない。

その一方、胃がんとは逆に、ピロリ菌を持っている人ほど発症しない傾向のある病気が見つかっている。

もっとも有名なのは、いわゆる胸焼け(胃食道逆流症)と、胃酸で食道が傷つくことによって起きる食道腺がんだ。

ピロリ菌が胃に棲み着くと慢性胃炎のような状態になって胃酸が減少し、制酸剤を飲んだのと同じで胸焼けが生じにくくなり、食道への刺激が減る防御効果と考えられている。

ここに着目してピロリ菌の有用性を研究している微生物学者の一人に、著書の邦訳もあるマーティン・J・ブレイザー博士がいる(『失われてゆく、我々の内なる細菌』みすず書房)。

この面についてだけみれば、ピロリ菌は胃の強酸性の環境に適応して他の細菌と生存競争しなくてすむ一方、人間は胃酸が出過ぎないよう調整の一部をピロリ菌にゆだねるウィン・ウィンの関係ともいえる(もちろん、胃潰瘍という悪い面もある)。

ピロリ菌は6万年以上の昔から人間と共存してマイクロバイオームの一部となってきた細菌で、ピロリ菌と人間は共進化してきた。

つまり、ピロリ菌は人間進化の過程の「昔からの幼なじみ」の一人(というか一種)というわけだ。

 

ピロリ菌、カムバック?

ピロリ菌の保有率は、全世界では約50%とされるが地域差は大きく、インドやラテンアメリカでは70%、その一方で先進工業国では低く20%を切ることもある。日本は先進国のなかでは高く40%程度とされる。

数十年のタイムスパンで見れば、ピロリ菌は除菌するまでもなく急激に減少している。先進国の子どもでは保有している率は5%以下らしい。

上下水道の普及で衛生状態が改善したことと、風邪や下痢に対して子どものときから抗生物質を服用することが、その理由だ。

わずか数世代で6万年前の「昔からの幼なじみ」が消え去る劇的変化が人間の身体にどういう影響を与えるのか、誰にもわかっていない。

それを知るヒントは、胃食道逆流症や食道腺がんの他にも、ピロリ菌を持っていない人ほど発症しやすい傾向のある病気が存在することだ。下血や下痢を起こす潰瘍性大腸炎やクローン病、そしてセリアック病(いわゆるグルテン不耐症)である。さらに、消化器とは関係ないが、ぜんそくとも関係している。

これらはいずれも20世紀後半に増大した一種の現代病であり、人間の身体を守るはずの免疫機構が自分自身の身体を攻撃してしまう自己免疫疾患の一種だ。

自己免疫疾患が増大した原因として有力なのは、皮膚や腸内から免疫系に刺激を与えて機能を調節していたマイクロバイオームの「昔からの幼なじみ」がいなくなって、免疫系が暴走してしまったという説だ(G・A・ルーク博士の「オールド・フレンド」仮説)。