なぜ親による子どもの虐待死の量刑は、かくも軽いのか

推協賞受賞作家の「怒り」と「願い」
吉田 大助, 薬丸 岳 プロフィール

人間や社会に対する祈りや願いを形に

時代は今、薬丸岳の想像力をますます求め始めている。この5月には『友罪』が生田斗真と瑛太のW主演で映画化。2016年に『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞を、2017年に「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞するなど、エンターテインメント作品として高い評価を獲得している。が、作家の軸はデビュー以来ブレていない。

 

もしかしたら、あるひとりの人物の存在が、作家を常に「原点」へと立ち返らせているのかもしれない。少年鑑別所の法務技官から30歳で警察官に転身、という異色の経歴を持った刑事・夏目信人。デビュー翌年に開始し今なお続く<夏目シリーズ>の主人公だ。

「今現在、僕にとって唯一のシリーズです。1本目の短篇『オムライス』が2006年の発表ですから、12年近くずっと、自分の中には夏目という人物がいる。日々のニュースに接しながら、“夏目だったらこの事件についてどう考えるだろう?”と想像することは多いです。こと犯罪という面に関しては、僕と夏目は相反する部分があるんですよ」

2011年に刊行された第1作『刑事のまなざし』、このタイトルに全てが詰まっている。読者は個々の事件の「謎と解決」を読むと同時に、夏目の「まなざし」を読んでいるのだ。そのまなざしは、時に厳しい。だが、限りなく優しい。彼の寛容の精神は、第1作で描かれるエピソードに象徴されるだろう。一人娘の絵美が連続通り魔事件の被害に遭い、植物状態となった。逃走した犯人と10年越しに出会った時に、夏目は、赦した。

夏目シリーズは椎名桔平主演でドラマ化もされた。世の中から犯罪がなくなってほしいという思いの強さ。薬丸さんのまなざしも夏目のそれと重なるようにも感じる 撮影/村田克己

性善説の刑事が見据えるもの

「もしも僕の身内が大きな事件に遭って、その犯人と対峙するような機会があった時に、自分も夏目のように振る舞えるか。難しいです。自分がこうありたいなっていう、理想なんですよね。その意味では、夏目という人物にはかなり、綺麗事が入っていると思っています。

ひとことで言えば、罪を憎んで人を憎まず。夏目は罪を憎み事件の真相をしつこいくらいに追っていくんですが、罪を犯した人間に対しては、“いつか人としての気持ちを取り戻してほしい”というふうに願わざるを得ない。現実社会であってもたとえフィクションの中であっても、なかなか成立させるのが容易ではないキャラクターなのかなと思うんです。

こんな人間はいないだろうと、読者のみなさんから拒否反応が出るんじゃないか、という不安も最初の頃はありました。ただ、シリーズものは部数のみならず自分自身が感じる反響も含めて、読者からの需要がなければ続けることはできません。今現在も続けられていて、これからも続けたいと思えるということは、なんと言うか、いい社会だなって思うんですよね」

先に挙げた短篇「黄昏」を含むシリーズ第4作『刑事の怒り』は、夏目が錦糸署へ転勤になる場面から始まる。本上という女性刑事が新たなパートナーとなったが、性犯罪事件を捜査する過程で、夏目に向かって言い放つ。「あなたの思いは万人には響かない」。シリーズの根底を覆しかねない一言だった。

「夏目の性善説を揺さぶるような展開が、今後このシリーズを続けていくうえで非常に重要になってくると思っています。来年初頭刊行予定の第5作は長編なんですが、大きな事件というよりも、大きな視点と夏目が対峙することになりそうです。

でも、それでも変わらないでいて欲しいなと思うのが、このキャラクターに対する僕の願いなんです。小説というフィクションができることは、人間や社会というのものに対する願いや祈りを、形にすることじゃないかと思うんですよ」

現実の犯罪に対する「怒り」から始まった想像力が、作家としての「まなざし」で変換されて、やがて「願い」へと辿り着く。あらゆる犯罪の確信を突く薬丸岳の小説は、この社会で歓びをもって生きる術を教えてくれるのだ。

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