ゆず新曲に「靖国・君が代」がいきなり登場、どう受け止めるべきか

政治と流行歌の密接な関係
辻田 真佐憲 プロフィール

あえて最右翼の解釈をすれば……

このように「ガイコクジンノトモダチ」の内容は、政治的といえば政治的だ。

「右だの左だの」にうんざりするのはいいとしても、中立的なポジションに「靖国の桜」を接木するところなど、巧妙とさえいえるかもしれない。

だが、よく読むと問題になりそうな箇所は、「なのに」「だけど」と逆説の接続詞ではじまり、「なくちゃね」などと曖昧なかたちで終わり、うまくぼやかされている。「靖国」だって、本当に参拝したかどうかはわからない。

これでは「こうも解釈できる」と反論されかねないし、下手に断定すると、思わぬしっぺ返しを受けかねない。まさに「右だの左だの」に回収されてしまうわけだ。作詞者の妙技である。

このことはあらかじめ強調しておきたいが、ただ、今回問題になったのは、やはり右翼的な政治性を読み取りやすかったからだろう。その視点からあえて解釈すれば、歌詞のメッセージはつぎのようになるはずだ。

「国際交流して、国民意識に目覚めた。自分の生まれ育った国を誇ってなにが悪い。なんで国歌をこっそり唄わなければならないんだ。なんで国旗をタンスの奥にしまっておかなければならないんだ。右だ、左だなどとうるさいが、僕は外国人の友達となかよく靖国神社に参拝したぞ」

実際、批判側や擁護側の多くで、このように解釈されている。最近流行りの、典型的な保守寄りの世界観である。

 

保守界隈の被害妄想を反映?

とはいえ、この最右翼の解釈もすぐには受け入れがたい。

国歌をこっそり唄うというが、さきにも述べたとおり、現代の日本でそんなシチュエーションがどれくらいあるだろうか。

なるほど、作詞者の北川悠仁(1977年、横浜市出身)は、「こっそり唄わなくっちゃね」という状況におかれたことがあったのかもしれない。横浜市下の公立学校では、90年代においても、国歌斉唱の実施率が低かったからだ(北川の出身高校は私立だが、参考として、公立高校の数字もあげておく)。

公立学校の卒業式における国歌斉唱の実施率(横浜市)
1992年 小学校76.5% 中学校16.1% 高校33.3%
1999年 小学校96.5% 中学校22.8% 高校12.5%
(田中伸尚 『日の丸・君が代の戦後史』岩波新書、2000年)

同じく実施率が低かった大阪府出身の筆者(1984年生まれ)も、小学校の卒業式を前に担任教師より「私は『君が代』に反対です」「私は着席します」などといわれたことがあった。

だが、もういっぽうの国旗掲揚にかんしては、これが当てはまらない。というのも、同じ時期の横浜市における国旗掲揚の実施率はほぼ100%に達していたからである。「タンスの奥」云々は現実との整合性が乏しい。

なお国歌斉唱の実施率も、「国旗国歌法」(1999年)の成立をへて、21世紀初頭に99%を超え、今日にいたっている。横浜市以外のばあいも同様である。

すなわち、今日、国旗国歌は確固たる地位を築いている。むしろこれに反対する教職員のほうが厳しい立場に置かれている。なのに、なぜああいう歌詞になってしまうだろうか。

そこで考えられるのは、保守界隈にみられる独特の被害者意識だ。かれらはしばしばこう主張する。

戦後日本は長らくマスコミ、日教組などの左翼に支配されており、日本を愛する普通の日本人は、自国を誇ることも許されず、国旗や国歌を愛でたり、靖国神社に参拝したりしたぐらいで、批判され、吊るし上げられてきた――と。その世界観を前提とすれば、さきの歌詞はすんなりと入ってくる。

念のため注記しておくが、このような被害者意識は、少なくとも今日において妄想に近いといわざるをえない。

たしかに、ウェブ上にはその手の面倒くさい自称左翼のトロール(いわゆるネット左翼)もいなくはないが、きわめて弱小であり、現実的な影響力は皆無に等しい。

もし北川が保守界隈に特有の被害者意識をもっていて、その思想を、優れた作詞能力で柔らかい歌詞に落とし込んできたのだとすれば、この歌詞の政治性は危険な水域に達しているというべきなのかもしれない。