若者の「読書ゼロ時代」文藝春秋はこうしてミリオンセラーを輩出した

『火花』『コンビニ人間』を徹底分析
田中 裕士 プロフィール

セブン-イレブンとコラボし話題づくり

同時に、小説世界の出来事から世の中ごとにして行きたかった。

コンビニ人間』は書籍を扱うコンビニにも置いてある。そこで、コンビニのおにぎりやパン、スイーツなどと一緒に『コンビニ人間』を撮影した写真を数パターン用意して、「お昼休みはコンビニへ! 『コンビニ人間』発売中」とキャッチをつけて連日ツイートした。

これを、セブン-イレブンの公式アカウントにリツイートしてもらう約束が取り付けてあった。

普段は文藝春秋と接点のないセブン-イレブンのファンの方に、コンビニを舞台にした小説があることを知っていただく機会になったと思う。

これと並行して、セブン-イレブンとの間ではコンビニ初の小説家サイン会という企画の準備が進んでいた。

読者とマスコミを収容できる店舗はどこか、効果的な日程はどこか。コンビニと普段は縁が薄い純文学作品を一気に数百冊届けるために流通経路をどうするかなど、関係部署の調整が続いた。

8月24日、お天気にも恵まれた。本の街、神保町のセブン-イレブンで行なったサイン会には多くのファン、マスコミが押しかけて、店舗の冷房が効いているにもかかわらず汗が止まらない盛況ぶりだった。

「小説家のサイン会」と「コンビニ」というギャップが世間の耳目を集めた。サイン会当日と翌朝には多くのテレビ番組で放映され、2日後に行なわれた芥川賞贈呈式のニュースとあわせて、週末の情報番組でさらに話題となった。

このときありがたかったのは、セブン-イレブンが流通系の記者クラブにも取材案内のリリースを撒いてくださったことである。業界紙の記者さんなど、ふだんはおつきあいのない媒体にも取材していただけた。

その後、「日経MJ」ではセブン-イレブン・ジャパンの古屋一樹社長との対談が1面トップを含む2ページの特集記事として掲載された。

ファミリーマートも、全国の店舗に配布する社内報で村田さんのインタビューを掲載。また、社をあげて「芥川賞受賞作『コンビニ人間』を、コンビニで働く人たちが読んでみた」という企画記事にもご協力いただいた。

最高の形で世の中ごとになった

小説は、刊行された後は一文字も内容は変わらない。しかし、読む人によって受け取り方は様々だ。

『コンビニ人間』も、キャラクター設定の面白い小説として読んだ人もいれば、著者への興味を持ちながら読んだ人もいるだろうし、現代の世相の反映として読んだ人もいる。

同じように、情報の届け方によって本の顔つきは色々と変わることがある。それによって、また新たな読者へと広がって行く。あの手この手で、本を届けるべき人のイメージを膨らませていった。

この頃から、村田沙耶香さんへのテレビ出演の依頼が増えて来た。話題の広がりに喜んでいると、ある社会評論的な人気番組からの依頼があった。

すると、対応した部員から声があがった。

「村田さんはコンビニを舞台に小説を書いたけど、評論家ではありませんよね。こういう依頼を受けることが村田さんのためになるのでしょうか?」

 

こういう意見は、いかにも我が社らしい良さだと思う。それぞれの部員が雑誌や書籍の編集などでさまざまな著者とご一緒した経験があるからこそ、自然と出てくる視点だろう。ちょっと感動した。

ただ、プロモーション部が勝手に判断して断るのもおかしな話だ。取材の窓口として日々メディアと接している部署の参考意見として言い添えるにしても、あとはご本人に判断していただくしかない、と話し合った。

結局、テレビに出演した村田さんは、熱いコンビニ愛を語って見る者を圧倒し、私たちの心配はまったくの杞憂に終わった。

担当編集者は作家を向いて考えるもの、営業は書店を向いて考えるもの、プロモーション部は世間を向いて考えるもの。それぞれの視点は違うが、作品と著者へのリスペクトは大前提だ。

こうした中で私たちの夢は、前年の又吉直樹さんに続き、村田沙耶香さんにも紅白のゲスト審査員のオファーが来ないか、というものだった。

幸いにして夢は叶い、『コンビニ人間』を世間ごと化するというプロモーション活動の目標は、最高の形で結実した。

コンビニ人間』は4月に20刷が決定し、累計発行部数は、現在62万部に達している。いずれ文庫が発売になれば、100万部突破の可能性が見えてくる。

こうした大きな賞がらみでは、流れを読みながらの迅速な対応が必要になる。編集、営業、宣伝プロモーションが、それぞれベストを尽くす必要がある。

日頃から円滑なコミュニケーションを取っておくことが、いざという時の瞬発力につながるのだと思う。