〔PHOTO〕文藝春秋社

若者の「読書ゼロ時代」文藝春秋はこうしてミリオンセラーを輩出した

『火花』『コンビニ人間』を徹底分析
今年、「大学生の過半数が読書時間ゼロ」というニュースが話題になった。この逆風の時代に、本をどのように売っていけばよいのか? 文藝春秋プロモーション部長・田中裕士さんが、326万部を売り上げた『火花』と62万部超えの『コンビニ人間』のプロモーション戦略とデータを明かす。

大学生の過半数が読書時間ゼロ

1日あたりの平均読書時間が「0分」という大学生の割合が、ついに過半数を超えた。

2月に全国大学生活協同組合連合会が発表した生活実態調査によると、2012年までは増減を繰り返しつつも3割台で推移してきたが、2013年には40.5%と一気に6%も増え、2017年にはついに53.1%に達したというのだ。

いまの時代、インターネット上には学術論文や統計データが多数あり、動画など情報伝達の方法も多様な手法が駆使されている。情報摂取の量を読書時間の推移だけで推し量れるのかという疑問は一瞬頭をかすめる。

しかしながら、2017年の読売新聞「読書世論調査」では、1ヵ月以内に本を読まなかった人の割合が47%だったから、本来は勉学にいそしまなければならない学生が世間一般よりも本を読んでいないとすれば、確かに深刻な事態と言えるだろう

このような時代にどうやって本を売っていくのか?

本が売れるためには何より本の内容や作家の知名度、それに加えて編集者の工夫、営業局による書店向けのさまざまな施策が必要だが、出版社のプロモーション部長という立場から、日頃はあまり語られることの無い本の世界の一面をご紹介したい。

 

累計発行部数326万部を記録した『火花』

2016年の本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』については、「小説が売れない時代に『6500部→100万部超』大ヒット作の軌跡」ですでにご紹介したが、文藝春秋のベストセラーといえば、又吉直樹さんの芥川賞受賞作『火花』についてお話ししなければならない。

累計発行部数326万部の本作を例に、まずはベストセラーがどのように生まれるのかを見ていただきたい。

火花』は2015年1月発売の「文學界」に掲載されるや大きな話題を呼び、「文學界」が1933年の創刊以来記録に残る範囲では史上初の増刷となったことでさらに大きな話題となった。

3月の単行本発売時には大きな期待がかかり、初版15万部からスタート。作品にも登場する渋谷のスクランブル交差点では屋外サイネージを3面ジャックして又吉さんの動画メッセージを流すなど、大々的な打ち出しを行なった。

私がウェブ事業部長からプロモーション部長へと異動となったのは2015年の7月で、16日の芥川賞選考会が間近に迫っていた。選考会前日には社内の関係部署が集まったが、選考の行方はどうなるか分からない。

そこで、芥川賞の受賞作が『火花』1作だった場合、他の作品との2作同時受賞だった場合、受賞しなかった場合の3パターンを想定して各部署の以後の対応をシミュレーションした。

結果は羽田圭介さんの『スクラップ・アンド・ビルド』との2作受賞。ところが、「お笑い芸人」が「芥川賞」を受賞したことの世間的なインパクトは大きく、事前の想定を吹き飛ばす展開となっていった。

受賞作決定後の受賞者記者会見では、多くの報道陣が会見場に押しかけ、賞を主催する日本文学振興会は会場のレイアウトを大きく変更して記者を収容しようとしたが、会場外まで人があふれていた。

ネットニュースでは、Yahoo!トピックスが選考会当日に7本、翌日さらに7本の記事をピックアップした。小説に関して、これほど大きなニュースの扱いは見たことがない。

次のグラフの青い棒は『火花』がテレビで紹介された件数だが、7月だけで125回も露出があった(しかもほとんどが受賞後の7月後半)。赤い折れ線グラフは書店での日ごとの売行きの推移だ(いずれも日販オープンネットワークWIN調べ)。

受賞後に売行きの数値が乱高下を繰り返しているのは、あまりの話題性に書店の在庫が払底してしまったから。刷っても刷っても追いつかない。重版が決定する度にニュースリリースを配信し、それがまたニュースとなって売行きを後押しした。

あまりに「買えない」という声が多くて申し訳なく、新入社員を埼玉県の製本所に送り込み、精一杯の努力で本を作っている様子をTwitterやFacebookでお知らせしたこともあるくらいだ。

多大なテレビ露出には、吉本興業所属の芸人の方々がさまざまな番組で紹介してくださったことも大きかった。