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『おらおらでひとりいぐも』著者が小説を書くに至った原動力

若竹千佐子「わが人生最高の10冊」

社会制度に「くそーっ!」と思った

作家としてデビューする前、私はごく普通の主婦でした。とくべつ裕福ではないけれど、家族4人がご飯を食べられ、夫とは仲良く、子供たちもかわいい。充分幸せだったにもかかわらず、なぜか淋しかったんですね。

まな板を叩いているだけのような生活に、飽き足りないものを感じてもいました。淋しさの理由を探すように読書をする中で出会った本を、ここでは挙げました。この本がなかったら今の私はいないといえる10冊です。

上野千鶴子さんの『家父長制と資本制』を読んだとき、感動と同時に湧き上がってきたのが「くそーっ!」という気持ち(笑)。それまで当たり前だと思っていた主婦の〈家事労働〉が、資本制社会が生み出した一つの制度だったということがわかったからです。

内容のすべてを理解できたわけではないけれど、上野さんの言っていることは正しい、と直感しました。まさに主婦である私が置かれている状況が説明されていて、私の人生が、この本の正しさを証明しているとも思いましたね。

社会とは何かを教えてくれた上野さんに対し、人間とは何かを教えてくれたのが河合隼雄さんの『物語を生きる』です。

ある程度年をとると、人は自分の身に起きたことを捉え直して、人生とは何だったのかと考えるようになると思うんです。誰しも、自分の人生に納得して死に至りたいという欲望があるんでしょうね。そのためには物語が必要になると、河合さんは教えてくれます。

この本には王朝物語がいくつか紹介されていますが、人間の心性は時を経ても変わらないことがよくわかります。

人間というのは矛盾した心情や性質をいっぱい抱えながら、言い方を換えれば補完しあいながら、一人の人間でいるのだと。これは私のデビュー作『おらおらでひとりいぐも』の主人公・桃子さんの根幹を支える思想になりました。

書いてみたい理想のおばあさん

真夜中の彼女たち』には、淋しかった私を励ましてくれる言葉が詰まっていて、泣きながら読んだ記憶があります。

樋口一葉や与謝野晶子など、「書く女」の人生が描かれているのですが、中でも惹かれたのが正岡子規の妹・律さん。脊椎カリエスを患う兄を献身的に看病する妹は、もちろん兄を心から愛しているのだけど、女性が自分の人生を選びとる難しさも感じずにはいられなかった。

ただこの本には、真夜中は魂を育てる時間だとも書いてあるんです。〈真夜中というおぞましくも豊かな時間〉という言葉に、社会に何の働きかけもせず、自分も“真夜中”にいるようだと感じていた私は、とても慰められ励まされました。

子供の頃から、言葉そのものへの興味も持っていましたね。好きな言葉のぬくもりや、厚みが忘れられないんです。『日本語のふしぎ』を読むと、平仮名の成り立ちとともに、漢字を輸入する以前の日本人が世界をどのように認識していたのかがよくわかります。

日本人は自分も草も木も、また、目に見えないものも等しく「もの」と捉えていた。それを「ことあげ(言挙げ)」すると「こと」になる。語源の解説からはじまり、最終的に日本人とは何かにまで到達しているすごい本です。

 

町田康さんは大好きな作家で、『告白』は、まず主人公が使う河内弁のダイナミズムに圧倒されました。私は東北の出身だから、東北の言葉で小説を書いてみよう、そう考えたのには、この本の影響があると思います。

冒頭、自分はコマ回しの達人だと自負していた主人公は、さらに上がいると思い知る。誰しもが経験するようなちょっとした挫折ですが、町田さんの手にかかるとこうなるのかと驚くような切り取り方で描写されているんですね。いつかこういう小説を書けたらなぁ、と思いましたね。

おこがましいのですが、こういう小説を、と意識している作品がもう一つあります。『楢山節考』です。この小説のなかの老母・おりんさんに匹敵する現代のおばあさんを、自分の中で創りたいと思っているんです。

おりんさんは、70歳を過ぎると姥捨て山に死にに行かなければならない理不尽な運命に真正面からぶつかり、運命を我が物にしていくような胆力のあるおばあさん。明るくカッコいいです。

私が55歳のとき夫が突然亡くなり、息子に勧められて小説教室に通い始めました。これまで幾度も読み返してきた本がいつしか血となり肉となり、今度は自分の言葉で語り直したいと思うようになっていった。デビューまで63年という歳月がかかりましたが、私にとっては必要な時間だったと思っています。(取材・文/砂田明子)

▼最近読んだ一冊

「20万年というスパンで歴史を見ると、今の常識は、ほんの短い期間の制度に過ぎないとわかる。子供は群れの中で育て、“自分の子”という概念が希薄だった時代や地域もあると。そういう家族もいいなと思いましたね」