小説が売れない時代に「6500部→100万部超」大ヒット作の軌跡

小説を売るためのストーリーが必要だ
田中 裕士 プロフィール

本仮屋さんが、自らのキャリアと重ねて本を紹介してくださった言葉は熱く、テレビを見ている側の胸に迫った。放送エリアの書店在庫はあっと言う間に蒸発。ついに2刷5000部が決まった。

それでも、やっと1万部越え。まだ充分な予算も取れず、書店員さんたちとSNS上で盛り上がるくらいしか出来ない。様々な店頭の取り組みをリアルタイムで見ながら、申し訳ないような、歯がゆい思いの日々が続いた。

 

あえて長尺の対談動画を公開

やがて徐々に売上げが伸び、社内でもこの本を押そうという気運が高まっていった。

そうした中で作ったのが書評家としても活躍されている中江有里さんと宮下奈都さんの対談動画だ。

宮下奈都さんは書店員の間ではよく知られているが、より幅広い読者、テレビをはじめとしたメディアの方にも知っていただきたくて、あえて16分30秒という長尺の動画のままYouTubeで公開した。

12月に入ると、17日に“本屋大賞の前哨戦”とも言われる紀伊國屋書店スタッフがすすめる「キノベス」1位発表、21日直木賞候補作入りが発表、26日に「ブランチブックアワード大賞」と一気に追い風が吹いてきた。

SNSでの広告配信、「王様のブランチ」へのテレビCMなど展開の施策の幅も広がってきた。

本屋大賞候補作の投票締め切り日が迫っていた。

本屋大賞とは何か?

ここで、本屋大賞の仕組みについて説明しておこう。

「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」をキャッチフレーズにした本屋大賞は、その名の通り書店員の投票によって決定される。

まず、候補作10作が1月に選ばれる。「本屋大賞」に参加する書店員は候補作を全て読んだうえで投票しなければならない。

本の購入費、全作を期間内に読み通す努力、発表の日に休みをとって東京に集まるための旅費などを考えると、本当に頭が下がる賞なのだ。

そして4月にいよいよ本屋大賞の受賞作が発表になるのだが、芥川賞や直木賞との大きな違いは、芥川賞・直木賞は受賞作が決定した瞬間にマスコミ発表されるのに対して、本屋大賞は発表の前に受賞作が決定しており、発表と同時に全国の書店で受賞オビを巻いた本が売りに出されるという点だ。

従って弊社には3月中には受賞の知らせがもたらされた。社内は初の受賞に沸いた。

受賞の理由は作品の素晴らしさ、著者のお人柄、全国の書店員の熱意、書店と相対する弊社営業局の頑張りに、ある種の幸運が後押ししたのだと思う。

私は、書店員や本屋大賞の関係者に、「文藝春秋が受賞したら他社とは違った良いことがあったね」と思ってもらいたかった。

また、この作品は必ず文庫化され、映画化される作品だから、長い視点で応援していくべきだと考えた。

ただ、本屋大賞の発表から3週間後には人々が書店の店頭から離れがちなゴールデンウィークがやってくる。初速の仕込は、急がなければならなかった。