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小説が売れない時代に「6500部→100万部超」大ヒット作の軌跡

小説を売るためのストーリーが必要だ
今日、「本屋大賞」が発表される。一次投票では全国504書店、書店員665人が投票をおこない、上位10作品がノミネート。出版不況、小説が売れない……そんな時代に大きな追い風になる賞だ。
いま「小説を売る」とはどういうことか? 文藝春秋宣伝プロモーション局プロモーション部長・田中裕士さんが、初版6500部から100万部突破を達成した『羊と鋼の森』大ヒットの軌跡をたどる。

『羊と鋼の森』大ヒットの軌跡

今年も本屋大賞の季節がやってくる。

4月に行なわれる発表会は、全国から集まった書店員さんが著者と受賞の喜びを分かちあう幸せな時間。多くのマスコミが詰めかけ、芥川賞・直木賞と並ぶ本の世界の大イベントだ。

普段は表だって語られることのない書籍のプロモーション活動について、初版6500部から100万部超のシンデレラストーリー、2016年の本屋大賞を受賞した宮下奈都さんの『羊と鋼の森』を事例にご紹介しよう。

本屋大賞授賞式の様子

文藝春秋の書籍は、過去に何度も候補作にノミネートされたことはある。時には2作選ばれたこともある。受賞確実と信じた作品もある。しかし残念ながら、受賞に至ったことはなかった。

今では覚えている人も少なくなったが、2004年に始まった本屋大賞は当初「打倒直木賞」を謳っていたこともあり、芥川賞・直木賞と縁の深い文藝春秋とは、どこかで赤い糸がつながりきれていなかったのかもしれない。

そんななかで、宮下奈都さんの『羊と鋼の森』をお預かりすることになった。

調律師に憧れた青年が、夢に向かって一歩一歩進んでいく。そして彼は、「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ」という思いに至る。心を洗われるような物語だ。

「王様のブランチ」の効果

発売は2015年9月。私は、これは大変なことだと思った。

営業局にいたことはないのだが、休日に書店廻りをするのが好きで、いつのまにかSNSを通じて多くの書店員の友達が増えていた。

そのため、宮下さんの作品とお人柄がいかに書店員さんに愛されているかを日頃の様子から実感していた。その影響でいくつかの作品も読んでいた。文藝春秋と本屋大賞のご縁を結ぶのは、この本しかないのではないか、という思いがわいてきた。

とはいえ、初版6500部である。大きな部数のプロモーションに追われて、実働できる余地は大きくはなかった。

 

その頃ちょうど部員がTBSの人気番組「王様のブランチ」に本の売り込みに行くというので、同行することに。本の内容や宮下さんがいかに全国の書店員に愛されているかをお伝えすることができた。

もちろん、BOOKコーナーが番組の人気コーナーでもある「王様のブランチ」のスタッフだから、宮下奈都さんのことはよくご存じだったかも知れない。

9月末、3年半MCをつとめた本仮屋ユイカさんの最後のオンエアにこの本が選ばれた。

「このタイミングでこの本に出合えたことを、本当に感謝しました」