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「死」が興奮材料って…「泣くまでボコられて初恋をした」漫画家が深く落ち込んだ瞬間

それでも自分の股間の味方でいたい
山本 ぽてと プロフィール

ザリガニのことは忘れない

――暴力に性的な欲求を感じる後ろめたさはありますか?

ぺス山:ありますね。賢者タイムはだいたいそうですね。ああ、この話、してもいいのかな。引いてしまうと思うんですけど……

私のTwitterはザリガニのアイコンなんですけど、それにはある理由があります。私はザリガニを踏みつぶすフェチビデオをみて興奮するんです。

ペス山さんのTwitter

――ザリガニ……素足でつぶすんですか?

ぺス山:男性はスニーカー、女性はヒールとだいたい決まっています。それぞれ、男性性、女性性の象徴なんだと思います。いやっ、ビデオの細かい話はいいんです……。

で、私はそれにすごく興奮して、今までみたビデオの中でかなり興奮して、オナニーしたんですけど、そのあとに、めちゃくちゃ落ち込みました。

今まで、暴力のあるビデオを見ることはあっても、ゲイがイケメンに殴られている様子が多くて、死ぬことはありませんでした。でも生き物が死んでいることに自分が興奮しているとわかったとき、けっこう冷や汗が出た。

私って「死」が興奮材料なんだ……って。

本当につらくて、すごく落ち込みました。「私のオナニーの背後には犠牲があるんだ。ザリガニのことを忘れない」と思いました。それでザリガニを描いてアイコンにしたんです。

 

――そういった気持ちにどう折り合いをつけていくのでしょうか。

ぺス山:諦める。私はそういう人間なんだけど、せめて抵抗して生きていくし、ザリガニのことは忘れない。そうである自分を受け入れるしかない。しょうがない、ザリガニで興奮してしまう人間である。

それでつらいと思う自分もいるし、ザリガニで興奮したくない自分もいる。そんな感覚です。

立ち直っているのか、と聞かれると微妙ですよね。両方いる自分がいることを認める。どっちかの自分を潰すのはヤバいと思うんです。自分が苦しんでいたら、他人のことが許せなくなってしまう。「自分は我慢しているんだから、お前も苦しめ」という感覚に陥ってしまう。だから自分を許すことから始めたいと思っています。

この前、読者からいただいたコメントですごくいいなと思うものがありました。「受け入れがたい自分と共存していくことを考えさせられる漫画でした」と書いてあったんです。

その人の言葉なので、その人に権利があるのですが、どこかで使いたいくらい良い言葉です。腑に落ちた部分がありましたね。