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23歳処女でドMな私が「泣くまでボコられて初恋をした」奇跡的な話

暴力は嫌い、でも股間が倫理に勝った…
現代ビジネス編集部 プロフィール

――漫画の中では、暴力を求めることを「自傷行為」だと位置づけられていましたよね。その認識はそのままですか。

ぺス山:そうですね。私は自分の女性の身体が受け入れられなくて、それを暴力でつぶそうとしているんじゃないかと思っています。

ただ、リストカットをしている友人から「傷が可視化されて安心する」と聞いて、それとは違う感じがしています。

つらくて切るというよりも、昔からイライラすると膝とか手の甲をペンで刺していて、どちらかというと怒りを原動力にして自傷するタイプです。

自分の身体に対する怒りもあるかもしれないし。「自傷行為」というよりも「自己破壊」のほうが近いかもしれません。

私はドMなのですが、S男性と話すときに、「この人、私に似ているな」と思うことが多い。自分にコンプレックスが強くて、理屈っぽいところが似ているんです。

たぶん自分の中に暴力衝動があって、Sの人はそれが他人に向き、私の場合はそれが自分に向くんじゃないか。根っこの暴力衝動は共通しているのかもしれません。

自分に対して誠実か、漫画に対して誠実か?

――「女性の身体が受け入れられない」とのことですが、第8話(「私のセックス」)と第9話(「二重苦」)では、ご自身の性自認についても描かれていますよね。

(C)ペス山ポピー/新潮社

ぺス山:この部分は描くかどうかかなり悩みましたね。

ペニスバンドをして男性とセックスして童貞を捨てるのですが、自分のペニスバンドをした姿をみて、「私これめっちゃ似合っている」と思いました。

「ゲイのマゾヒストの男性が、女の肉体で生まれてきたのが私だ」と気が付いたのです。

 

――生物学的な性は女性で、性自認は男性、性的指向が男性ということですね。

ぺス山:でもこれってかなり複雑ですよね。訳がわからなくなったら読むのをやめてしまうじゃないですか。

それに私の勝手な妄想――半径5センチの人間なので――なのですが、ドМの女が殴られるコンテンツとしてエロ目線で読んでいる読者が多いと想定していました。その人たちの期待に応えるのもエンタメだと思ったんです。

でも本当の自分は違う。

自分の性自認を隠しながら女性のままで漫画を描くのは、自分に対して不誠実なのかもしれない。でも漫画に対しては誠実でありたい。漫画に対して誠実であるべきか、自分に対して誠実であるべきか。この葛藤を常に抱えながら描いています。

――どのタイミングで性自認について描こうと決意したのでしょうか。

ぺス山:とりあえずネームにしてみて、それが面白かったら描こうと考えたんです。

7話(「必然的に、ボコられたい」)の最後にいきなり私が童貞を捨てるシーンがあります。ここで笑いが起きるなり、面白かったりするならイケる! と思って。

ネームを出して、編集さんが笑ってくれたので、描く決心がつきました。

編集者S:その場で爆笑しました。

(C)ペス山ポピー/新潮社