「新事業のアイデアが一向に実現しない」あなたの会社に足りないもの

「イノベーション」の正しい生み出し方
松波 晴人

「Simple Problem」は課題もソリューションも明確で解くのが容易な問題です。「Complex Problem」は課題もソリューションも明確ではないけれど、時間をかければなにが課題でどうすればいいかは見えてくる正解がある問題。「Wicked Problem」は個別でユニーク、そうすれば良いという正解がなく、しかも時間とともに答えも変化するといったいろいろな特徴があります。

たとえばNASA(アメリカ航空宇宙局)でいえば、「操作方法がわかりにくいからマニュアルを作る」はSimple Problem、「初めて人間を月に送るにはどうすればいいか」は、Complex Problem、それに対し、「これからのNASAはどうしていくべきか」はWicked Problemです。正解はないし、時代とともに答えも変化します。

会社でいえば「わが社は今後どのような方向に進めばいいのだろう」はWicked Problemですよね。新しい価値を創造するというのも、当然そこに入ってくる。そうなると問われるべきは、「正しいか」ではなく「どうしたいか」ということのはずなんです。

つまり、新価値創造を「Complex Problem」として解こうとするのではなく、「Wicked Problem」として解こうとする必要がある、ということです。

 

「実行しろ」と言えない上司たち

── そうなると、いままで「正しさ」を基準として何十年もやってきた人たちには、本来ジャッジはできないことになりますね。

松波:そこがいま、多くの会社で起こっている問題です。「できない」というより「わからない」のが実態だと思います。そして、新しい価値を提案する側とそれを意思決定する側のギャップはかなり深刻だと感じています。

若い世代は社内の上の世代の人たちを「あの人たち」と表現することがあります。「私たちとあの人たちとがわかり合える日は来るのでしょうか」という話を耳にします。

とくにそのギャップが出てくるのは、ビジネスについてのとらえ方の違いです。

ビジネス・スクールでは、「ハイリスク・ハイリターンのビジネス、ローリスク・ローリターンのビジネスはあっても、ローリスク・ハイリターンのビジネスは存在しない。もしローリスク・ハイリターンのビジネスがあるとすれば、それは違法なビジネスか、ものすごくアンフェアなビジネスなので、そのようなものがあると思ってはいけない」と教えられます。

しかし上の世代は、ローリスク・ハイリターンのビジネスがある、という前提をどこかで持っているように思われます。部下が新しい価値を提案すると、「それは失敗しないのか?」と訊きながら、一方で「それはすごく儲かるのか?」と訊く。でも、そのようなものは存在しないので、結局のところ画期的な提案してもなかなか「それを実行に移せ」という意思決定がなされない。

── たしかに「失敗せずに儲かる」、ローリスク・ハイリターンのビジネスを要求しているわけですからね。

松波:そうすると、採用されるのは、実質的にローリスク・ローリターンの案だけになります。つまり、リスクが低いかわりに得られるものも少ない案です。

ここで若い世代の反応は2つに分かれます。ひとつは「ああ、うちの組織はこういうものなんだ」とあきらめを学んで順応していくタイプ。もうひとつは「この会社には未来はないな」と早々に見切りをつけて辞めていくタイプ。

親が「うちの息子・娘が大手の安定企業に入社できてよかった、一生安泰だ」と喜ぶような会社に入社しても、短期間で辞めていく人が多い背景には、こういった実状があります。ハイリスク・ハイリターンの戦略を取れる人からすれば、会社を辞めるというハイリスクも取ることができます。

一方、その会社の上の世代は「安定している上に給料のいい会社を辞めていくなんてもったいない」と思っていたりします。

「オレは逃げ切るから」でいいんですか?

── 上の世代は、まだ大きな会社に入ること=ローリスク・ハイリターンととらえている人が多いでしょうからね。

松波:ただそれが本当に通用したのは、1960年代後半から1990年代くらいまでというとても限られた期間でしかないと思います。大手企業の部長クラスの給料も、ここ20年間ほとんど変わっていませんし、人材育成費や交際費など使えるお金もどんどん減っています。

若い人たちからよく聞くのが、上の世代から「君たちはこれからたいへんだねえ」と言われる、という話です。上の世代もこのままだとこれから会社がたいへんになることはわかっている。でも自分たちは逃げ切れると思っている。若い世代は年長世代の言葉からそうしたニュアンスを感じています。

── たしかにそうした人たちがビジネスの意志決定をするのは困りますよね。

松波:「逃げ切り世代」という言葉があります。「あの人たちは逃げ切り世代だから」という言い方をしますけれど、そうした雰囲気が社内に出てしまうのは危ないですね。

ぜひ、上層部の人たちには長期的な視点を持っていただき、次の世代のことを考えて、重要なことを決めていただきたいです。特に、新しい価値の実践を、市場についての深い洞察に基づいて意思決定をしてほしいです。そのマインドさえ持てれば、実現できる人達は社内にいますし、これからも成長できるポテンシャルは充分にあると思いますよ。

いずれにせよ、「何が本質的なことなのか」を立ち止まってじっくり考えるときにきていると思います。

危機感と自己効力感を持つ組織や会社が、上記で述べた「現状」から早く抜け出すことができ、未来を切り開いていくと思います。

松波晴人(まつなみ・はるひと)大阪ガス行動観察研究所・所長。株式会社オージス総研 行動観察リフレーム本部。大阪大学共創機構産学共創本部 招へい教員。1966年生まれ。神戸大学大学院工学研究科修士課程修了後、92年に大阪ガス入社。米国コーネル大学大学院にて修士号(Master of Science)、和歌山大学にて博士号(工学)を取得。2005年、行動観察ビジネスを開始。プロジェクト数は1000件以上。16年から大阪大学でForesight Schoolを主宰。著書に『ビジネスマンのための 「行動観察」入門』(講談社現代新書)、『「行動観察」の基本』(ダイヤモンド社)。