発掘スクープ! 「パフェの日」に隠れた驚愕の秘話

編集部員が気づいた「信じがたい偶然」
ブルーバックス編集部 プロフィール

藤本英雄、おそるべし!

1950年6月28日、東京読売巨人軍は、セントラル・リーグにこの年だけ存在した西日本パイレーツ(のちに西鉄クリッパーズと合併して西鉄ライオンズ)という球団とデーゲームを戦いました。場所は青森市営球場。

なんとこの日、藤本投手は先発する予定ではありませんでした。先発予定だった別の投手が急に腹痛を起こし(カニの食べ過ぎともいわれています)、突然回ってきた代役だったのです!

しかも、前夜、藤本投手は一睡もしていませんでした。明日は休みだからと、函館から移動する青函連絡船の中で、川上哲治、青田昇、監督の水原茂(!)と徹夜麻雀をしていたのです。そんな状態で、いきなり言い渡された先発登板だったというのです。

【写真】雑誌「野球界」昭和25年1月号
   『野球界』昭和25年1月号(博友社)表紙写真。左から川上哲治、藤本英雄、千葉茂の各選手 photo gettyimages

さすがに藤本投手はふらふらで、「後ろでワシが大声を出してやらんと、立ったまま寝てしまうんやないかと思うぐらい」の状態だったと、二塁を守っていた千葉茂は後年、振り返っています(2005年10月3日発行『週刊ベースボール』掲載「ベースボール博物館」より)。それでも完全試合を達成してしまったのは、おそるべし、と言うしかありません。

こうして、「藤本投手がこの日を狙っていた」という可能性は、木っ端微塵に粉砕されたのでした。

 

ちなみに、当時の日本球界には、この大記録を表現する用語がまだありませんでした。アメリカでは「パーフェクト・ゲーム」ということがわかり、ならばと「完全試合」と直訳されたのだそうです。

「パフェの日」に隠された驚きの事実、いかがでしたか? いやー、こんな偶然があるものなんですね。

「藤本英雄が日本初の完全試合を達成した日は、暦の上で唯一、完全数だけでできた日だった」

勝手ながら、編集部ではこれを「ブルーバックス発掘スクープ」として認定させていただきます!

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