LGBT、引きこもり…大江健三郎が60年前から描いた「青年の闇」

いま、氏の作品を読むべき理由
尾崎 真理子, 山口 和人 プロフィール

大江作品と評論家

尾崎 今回、解説を書くに当たって、大江さんほど同時代の批評家、文芸評論家、作家から注目を集めて、論評されてきた人はいないですね。これ以上研究されてきた人も。だから、そういう人たちが果たして的を射ていたのか、先見性のあった批評家は誰だったのかというのも相当はっきりわかってくるところもありまして、批評家列伝の側面も解説に含まれると思います。

山口 ちょっとフォローしますと、普通、文学全集は一巻についていろんな方が個別に解説を書くというスタイルです。しかし今回は全15巻を通して尾崎さんに書いていただこうというのが一つの特色で、そうすることによって全体を編年体で通して俯瞰できる。

その中で、今尾崎さんがおっしゃりたかったのは、当時、大江健三郎という作家と作品がどういうふうに受容されていたのかということを、歴代の評論に触れながら、例えば江藤淳さんがどう言っていたか、あるいは柄谷行人さんがどう言っていたかというようなことを入れていきたいという話です。

尾崎 時代ごとに力を集めた批評家がいるわけで、その人たちは必ず大江作品に言及して、いいものを書いています。解説担当の立場からすると、時代の中で大江さんがどう評価されたか、あるいは酷評されたかということも含めてお伝えしていきたいと思います。

 

世界に読まれる「Oe」

尾崎 山口さんが、それと同時並行で行っていらっしゃるのが海外の批評です。

山口 よくぞ訊いていただきました。日本の中で通史的にどういうふうに読まれ、あるいはどういうふうに論じられていたかという一方で、欧米とかアジアで大江さんがどういうふうに読まれていたかということを示したいと思いまして、一巻にひとり、海外の研究者の論文を載せます。英語、ドイツ語、フランス語、中国語、韓国語……

尾崎 世界中に研究者、関心を持った人がいるということですね。

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山口 そのとおりです。今、若い大江研究者がどんどんふえていて、40歳前後の研究者がフランスにいたり、トルコにいたり、ニュージーランドにいたり。研究者の世代も読者とともにぐるっと回転した感があります。

そしてまた彼らの書く論文が非常に示唆的なんです。異なった文化的背景を持った研究者が大江作品に多様な読みをもたらし、テクストの豊かさをさらに発見するというきっかけになっています。

みんな中二病

尾崎 大江さんの作品を読むということは、若い人ならば克己心に触れるというんですか、何かやらなきゃという気持ち、いても立ってもいられないような気持ちにするところが恐らくあると思うんです。確かにとても刺激的な性的表現も含みますし、ねじくれた青年たちが出てくるんですよ。

山口 みんな中二病なんです(笑)。

尾崎 本当に中二病なんです。子どもっぽい学生たちが出てきて、一体この先どうするんだというような。

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山口 大江さんの作品はなんだか難解のレッテルが拭えないんですが、実は現代人の困難があますところなく描かれている。もしかしたら「これは中二病の本です」とか、「これはブラックバイトの本です」とか、書店でもポップをつけてくれると、若い読者がふえる気がします。

大江さんを読んだことのない若い読者に、何から読んだらいいでしょうと訊かれることがあります。高尚と思われがちな大江作品ですが、実は卑近ともいえます。いかに自分に身近な小説か。今みんな悩んでいますね。むちゃくちゃ悩んでいる、対人関係とか、性的な問題とか、ひきこもりなんじゃないかとか、俺は自殺しちゃうんじゃないかとか。

尾崎 そういう少数者のことを作品で引き受けていますね。

山口 つまり、マイノリティーのことを書いてきた。徹底的に周辺に位置している人のこと、マージナルな人のこと、つまり社会からはみ出していかざるを得ない人のことを書いてきた。メインストリームとかエスタブリッシュメントの人たちのことは決して書かなかった。人間の蔭の側面を書いてきた。

尾崎 みんな暗いんです。でも、誰も書けなかったことが書いてある。そこの共感は、ジャストミートすれば深いものになると思いますね。

山口 短篇のひとつでも拾い読みしてみれば、ああ、ここには自分がいたみたいな体験が間違いなくあると思います。

【2017年11月8日(水) 於・パシフィコ横浜】

「大江健三郎全小説」は7月に発売されます。詳しくは、こちらをご覧ください⇒http://news.kodansha.co.jp/20170524_b01