画/おおさわゆう

どんな名医も専門外のことについては「役立たず」になるという現実

覆面ドクターのないしょ話 第12回
飛行中の旅客機で、乗客が突然胸をおさえて苦しみだし、CAが、「この中に、お医者さんはいらっしゃいませんか?」と探すシーンを、ドラマなどで観ることがある。だが、よく考えてみれば、医者というのは、外科、内科、小児科、産婦人科、整形外科、耳鼻科、皮膚科、眼科など専門ジャンルが分かれている。たとえば、皮膚科の先生が、胸の痛みで苦しむ患者にどれだけの応急処置をできるかという疑問はあるのだが……。

血に慣れた外科医も、眼科の手術にはビビる

「お医者さんって、心臓とか内臓とか見て気持ち悪くないんですか?」

よく聞かれる。期待を裏切るようで残念だが……全然気持ち悪くない。むしろ気持ちいい。

内臓を見て気持ち悪くないとは異常な感性なのかもしれない。

確かに、生まれて初めて人体解剖の御遺体を目の前にしたときは、貧血を起こしたり、ひっくり返ってしまった同級生はいた。だが、学生時代から解剖を経験して、さらに現場に出てからは、日々体を切って血を見ているので慣れてしまうのだ。

手術室の廊下を歩いていくと、消毒液や焼けた肉の匂いもする。色々な音も聞こえる。心電図の音、水や血液を吸引する音、トンチンカンチン……ノミをトンカチで叩く音などなど。

手術では、腹を開き内臓を摘出する。骨折ならば、筋肉の奥にある骨を露出する。あるときは血が噴き出し、顔に返り血を浴びることもある。

時代劇ならこんなセリフが似合う。

「あんた、血の匂いがするねぇ」

一刻を争うときは怒号が飛び交う。

「バカヤロー、急げ!」

そんな殺伐とした手術室にもかかわらず、そこは外科医にとって一種のリラクゼーション・ルームなのだ。

 

先ほど、「心臓とか内臓とか見ても気持ち悪くない」と書いたが、それは「見慣れたものならば大丈夫」という前提での話だ。逆に言えば、「見慣れていないものはやっぱり気持ち悪い」ということになる。見慣れていないもの……たとえば私の場合、内臓も骨も見慣れているから大丈夫なのだが、脳神経外科の手術はあまり見慣れていない。

頭皮というものは血のめぐりが非常に良い組織だ。転倒してちょっと切っただけでも結構出血する。では、手術でざっくり切ったらどうなるか?……ドバっと血が出る!

「うわーっ! 出ますねぇ」

脳外科の先生の横でうっかりこんなことを口走ってしまう。さらに頭蓋骨を手術用電動ノコギリで切るのも少々驚く。手足や体の骨の手術をしたことはあるから、ひっくり返るほど驚かないが、それでも頭蓋骨を開くときは少々ビビる。頭蓋骨を開けるとすぐに脳が出てくるかというとそうではない。ちょうど、カニの缶詰めの包装紙のような膜に脳は包まれている。この膜を切り拓くと鮮やかなピンク色の脳が現れるのだ。脳外科の手術は少々ビビる程度だが、もっと私がビビる手術がある。

それは眼科の手術だ。後学のために、友人に頼んでときどき眼科の手術を見学したことがある。眼球にメスを入れるときはゾッとした。

「ヒェーッ! 待ってぇー、そんなとこ切っちゃうのー?!」
「佐々木、ヒェーッとか言わないでくれる? 患者さん意識あるから」

手術の後、友人とこんな会話をする。

「なぁなぁ、目玉切って大丈夫なのか?」
「おいおい、お前医者だろ?」
「切ったところ縫うのか?」
「昔は縫ってたけど、縫わなくてすむオペもあるよ」

専門外だとこんな素人みたいな質問をしてしまう自分が恥ずかしい。