「こんな時こそ絶対に安倍支持」な人に、どうか気をつけてほしいこと

ネット右翼十五年史【特別編】
古谷 経衡 プロフィール

「財務省が全て悪い」も…

2014年12月の衆議院議院総選挙で、旧次世代の党は大敗を喫し、選挙前の19議席から2議席に勢力を減じた。

このとき彼らが立てていた理屈は「安倍自民党は、本当は公明党を切り捨てて次世代の党と連立したいはずだ」という一方的な忖度と思慕であった。

これは、90年代から盛んに言われるようになった「公明党防波堤論」――つまり中道政党である公明党が、自民党、特に清和会のタカ派的政策の実現に徹頭徹尾反対している邪魔者の「君側の奸」である、という理屈と同じである。

だから旧次世代の党の立候補者は、「公明党を除去すれば、タカ派的諸政策は全て実現する」という奇想天外な説を主張した。同党から公認された田母神俊雄が、わざわざ公明党の太田昭宏代表(当時)の選挙区東京12区を選んで出馬し、激しい公明党批判を繰り広げたのはこのためである。

また、2014年4月からいわゆる「三党合意」に基づき消費税が8%に増税された際にも、保守層からはこの「君側の奸」理論が盛んに発信された。もうお分かりであろう。安倍首相は景気が冷え込む消費増税を本心ではやりたくないのだけれど、財務省に邪魔をされて妥協せざるを得なかった――という言説である。

こうした発想は、目下の森友学園文書改竄問題でも、全く同じ構造をもって再来している。

安倍総理は公文書改竄について全くの無関係であり、その本心も無垢である。「君側の奸」である財務省――佐川及びその周辺の官の重臣――が勝手にやった事で、安倍首相が悪いのでは無く財務省がすべて悪いのである――。

2.26事件で掲げられた「尊皇討奸」のスローガンは、こうして70年以上を経て、「奸」が時に中国や韓国、朝日新聞や反日メディア、あるいは左翼、はては財務省や清和会以外の自民党内派閥に擬せられる事で、見事に復活しているように私には思える。

 

これも一種の「忖度」かもしれない

安倍首相の本心は違う。本当は安倍首相の内面は、真なる保守的イデオロギーで充満している。だから彼しかいないのだ――という思慕ともいえる発想は、安倍首相が第一次安倍政権下であまりにも強い保守イデオロギーを公に示し、或いは自民党下野時に各種媒体に寄稿や対談という形で寄せていたのに対し、第二次安倍政権では「戦略上」一切、そういった保守派が拍手喝采する言葉を発さなくなったことの裏返しでもある。

当たり前の事だが、全体から見れば少数派と言える右寄りの有権者ばかりを相手にするよりも、政権安定に最も寄与するのは、むしろ公明党との協力体制構築や、無党派層からの支持である。

しかし、あまりにも冷淡になると保守層が本格的に離反してしまう可能性が少なからずある。だから安倍首相は、まるで「雲の隙間」から太陽が覗くかのごとく「本心ではあなたたち保守層と同じ事を考えている」とほのめかすのだ。

人間とは不思議なもので、思慕の対象から冷たくされればされるほど、その人が多くを語らなければ語らないほど、その「本心」を忖度し、きっと自分のイデオロギーと同じ「清浄な思想」を持っていると思い込もうとする。

これは人間心理、とりわけながらく政治的少数派として言論界やメディアで冷遇されてきたコアな保守層の「自然的本能」に近いと私は思っている。裏切られても裏切られても保守層が安倍首相を思慕し続ける、いやますます深く思慕するようになる根本的心理は、ここにこそある。

皇道派の青年将校らは、「君側の奸」を除去すれば雲が晴れ、これまで隙間からわずかに射すだけだった太陽の光によって全天が照らされると思い込んでいた。

しかし、結果は真逆であったのはすでに述べたとおりである。安倍首相を思慕し続けるコアな保守層が、彼ら青年将校の轍を踏まないことを祈りたい。