「コラーゲンが肌に良い」はニセ科学か、それとも…ひとつの答え

なぜ人は「ニセ科学」に心惹かれるのか
伊与原 新 プロフィール

科学は人にやさしくない

あらためて言うが、本来、科学そのものに物語性はないし、あってはならない。「自然というのはこうなっているはずだ」という思い込みは、データの捏造や改ざんにつながりかねない。筋書きや見立てにこだわった犯罪捜査が冤罪を生むのと同じだ。

だが、そんな正論をいくらまくしたてたところで、人々の心には響きそうにない。むしろ、なぜ人々がこうも“物語”に魅かれるのかということに思いを致すことから始めたほうがよさそうに思う。

 

数千年の長きにわたって、人類は世界の成り立ちを“物語”によって理解してきた。神話や宗教だ。どの“物語”も、自分たちに都合がいいように練り上げられた、完結したパッケージだ。身にふりかかる様々な不幸に対しても、“物語”はちゃんと意味を与えてくれていた。

そこへ科学というものが登場する。科学は“物語”よりはるかに精度よく世界のありようを記述したが、同時に、耳をふさぎたくなるようなことまで声高に主張してくるようになった。神はいない。ヒトは毛のないサルだ。あなたの病気は治らない。人は死んだら無になるだけ。

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そう、科学は人にやさしくない。役立つことを言うのと同じ口で、絶望的な事実もつきつけてくる。人々はそれを疎ましく感じているのではないか。科学の恩恵は受けたいが、嫌な話は聞きたくない。科学には、もっとやさしいものであってほしい。ひたすら自分たちに都合のいいものであってほしい、と。

その願望が、科学を“物語”に回帰させようとしていると思えてならない。お気づきだろうか。巷にあふれるニセ科学の多くが、非科学的なだけでなく、よく見れば「反」科学的でもあるのだ。